経済・政治・国際

ピケティ氏への批判

 資本の収益率r>所得の成長率gである以上、資本所得と労働所得の差は拡大し、格差はますます拡大するってのがずいぶん琴線に触れるようで、一部の識者を除いて、とにかくピケティ氏の揚げ足を取ろうと躍起って雰囲気が漂っています。

 確かに、ピケティ氏は資本の意味を資産と同様に使用している面もあるので、「総所得に占める資本所得の拡大傾向を示すなら、所得の成長率と比較すべきは資本収益の成長率だ」とか(格差拡大の前提は)「資本所有者が収益を一切消費せずためること」なんて指摘されるのはいたしかたないかもしれません。でも、冒頭にある結論を過去のデータ集積で導き出したものの、まだ理論的に確立させたわけでないことはピケティ氏自身が認めているわけですから、この種の物言いをわざわざするのは嫌がらせのようなものでしょう。

 下世話な話ながら、どうも素直に受け入れられない背景には氏が処方箋として累進課税を提唱していることがお金持ちにはうっとおしく、加えてフランス社会党のブレーンというのが要は左派なんで気に入らないということなののでしょう。

 昨年来のピケティの日本に関する発言を読んでも、アベノミクスを否定するどころか大筋では理解を示していますし、少なくとも「マル経」への親和性などみじんも感じられないのですけどねぇ。

 むしろ、右派勢力の方々は、いま我が世の春を謳歌できるのは、海外(たとえばフランス)とはちがい、ピケティのような知を抱えることができなかった日本の左派の貧困のおかげでもあることに思いを致すべきでしょう。

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保守・中道・革新?

 野に下った自民党の方々から、「保守の理念の再構築」「真の保守政治の確立」といった趣旨の主張がちらほらなされています。「どうぞ、ご随意に」なさればいいことですが、いまや民主党政権と対峙する勢力はこれまた自民党しかないわけですから、興味深いところではあります。

 ・・・が、それが「保守の理念」を研ぎ澄ますことなのかは、???というほかありません。だいたい55年体制が40年近く続いたのは、党是はどうあれ、実際にはなまくら四つの自民党と、政権をとる気などさらさらない社会党が実に仲良くしてきたからです。ちなみにその源たる「国対政治」の否定こそ、細川政権成立の意義といっても過言ではないでしょう。(その後はともかく・・・)

 要は、保守の理念なるものなんて、歴史上自民党という政党が少なくとも組織として真剣に考えたことなどないのです。逆説的に言えば、だからこそ国民政党として成り立ちえたのですから。

 どうも自民党の方々はなにか勘違いなされているようです。これまでなんだかんだいって自民党が支持を得てきたのは、国家予算を国民へ還元するラインを網の目のように作り上げたからにほかなりません。が、それが圧力団体・組織というフィルターを通してだったかがめに、かかるルートで還元の恩恵に浴する国民が少数派になっていることへの対応が後手にまわったことが下野の最大要因だということをなぜ冷静にとらえないのか摩訶不思議というほかありません。

 もし、自民党が再び民主党にとって代わろうとするならば、まず、これまで自民党を自民党たらしめていた政治秩序じたいを自民党自身の手で否定することでしょう。というのは、民主党政権の姿勢は、全般的には、これまで自民党が握ってきたいわゆる「集票マシーン」を奪うことにかなり比重がかかっており、当然政策展開もその点に規定づけられているからです。だからこそ、いまのうちに自民党自身が脱皮して国民一人一人と直接向き合う姿勢を明示的にすれば、かつての自民党的政治文化を現実には継承する民主党との差別化ができるはずなのです。

 むろんそれは「保守理念」云々などではありません。(こうした試みは、すでに伝承者が失われた芸能を、古文書をひっくり返してかつての作法どおり復活させるという文化事業としての意義は大きいでしょうが、現在進行形の課題とはそもそも重なり合わないものです)

 先日の衆議院予算委員会での自民党質問者の水準が高かっただけに、なおさら「保守・中道・革新」などという死語にとらわれず、いかに国民と直接向き合うかという点にこだわる転換にこそ目的意識的であるべきだと思ったのでした。

 さして期待しているわけでもありませんが・・・。

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問責決議案の先送り

 日中首脳会談は、リンリンに代わるパンダ来日が決まったのが成果???ってとこですが、連休明け後も相変わらず内政は混迷を極めそうな気配です。

 追い詰められる福田内閣を一気に攻めたい民主党なのですが、どうも腰が定まらないのですね、これが。。。

 道路整備財源特例法改正案の再可決後の首相問責決議案を先送りして、野党が提出する後期高齢者医療制度廃止法案の審議動向を見極めて、とのことなんですが、どうしても及び腰の印象は否めません。

 一般財源化するとした福田首相の発言と特例法の再可決は明らかに矛盾するわけですから、その場面で問責の名分は十分すぎるほどあります。もちろん後期高齢者医療制度も廃止するのが筋でしょう。しかし、じゃあ来年度以降現行制度に戻せばいいというのも付け焼刃といわざるを得ません。問題は医療費負担における世代間をはじめとするアンバランスを解消するために国費をどう配分するかです。後期高齢者医療制度の場合、当事者に負担増を押し付け、そのうえ医療費を抑制しようとすることが大間違いなのですが、だからといってこれまでの老人保健制度がいいわけではないのです。

 どの場面で問責を出すかはすぐれて政治判断とはいえ、評判の悪い制度を廃止して元に戻すというだけでは、少なくとも政策としては稚拙だ思うのです。もし、道路より医療が国民受けしインパクトが強いと判断しているのなら、それもまたポピュリズムでしょう。

 ただ政治判断としても、支持率でも民主が自民を抜いている時期をみすみす逃すのは賢明とは思えません。もっとも民主党には問責カードしかないわけですから、その扱いが慎重になるのは理解できないわけでもありませんが、時期を逸してしまえばカードの価値が下がるということにも敏感であるべきです。

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福田首相の奇妙な余裕

 衆議院の再可決で税制関連法が成立、明日から暫定税率が復活するのは周知のとおり。

 為政者は国民世論に忠実であるべきことなどいまさら強調するまでもないことですから、彼我の状況を冷静に判断すれば、再可決はすべきではなかったはずなのですが・・・。

 ですが、僕には、福田首相のコメントを聞いていると、なにやら奇妙な余裕すら感じられるのです。とくに根拠があるというわけでもありません。政治家にありがちな脂っこさがないという僕の福田さんへの印象がそう感じさせるだけなのかもしれません。

 もっとも、野党側にすれば参議院で問責決議をあげ、国会審議をストップさせるという手段しかないのですから、福田さんは「どうぞご随意に」という構えなのかもしれません。しかも皮肉なことに衆議院山口二区補選での野党の勝利が、ともかく解散を回避するという一点で与党内がまとまる結果を生んでいます。

 不人気の福田内閣で解散などすれば与党にとっては自殺行為ですし、仮に総理の首をすげ替えるにしても、虎視眈々とポスト福田を狙っている方々も選挙管理内閣ではご免こうむりたいということになるでしょう。

 与党の選択肢は、支持率が下がろうが内閣を支える以外にないという事態にあることを福田さんはよく知っているがために、淡々としていられるのかもしれません。

 ばかばかしいお話ではありますが・・・。

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同意人事を矮小化するな

 総裁不在がやっと解消されるのはそれじたい歓迎すべきですが、あきれ果てたのが同意人事をめぐる民主党の対応。

 当初は武藤副総裁の昇格でも了としていた小沢代表が、何を思ったのか財務省出身者はすべからく天下りゆえダメと言い出すや、党内反小沢の面々は、財務次官だった武藤氏には財金分離の原則を理由に反対していたのに、財務官だった渡辺氏の副総裁就任は「好印象だった」から容認すると言うんですから、空いた口が塞がりません。

 日銀人事を政争の、それも党内の覇権争いの具にするのですから呆れてしまいます。いくら真剣に検討したんだと強弁しても、各々の主張に一貫性がなく矛盾しているんですから、お話になりません。

 政策論議を政局論で磨り潰してしまう姿勢では国民の信頼を得られないことにそろそろ気づくべきでしょう。早期解散に持ち込むために政府与党に揺さぶりをかけるのは、野党の常套手段ではありますが、本当に民主党が政権を獲るつもりなら、政策の優位性を満天下に示して揺さぶるべきです。その姿勢がない限り、そもそも国民は早期解散を望まないのではないでしょうか。

 福田内閣がダメだからではなく、野党がより優れているという世論の支持がない限り政権交代など儚い幻想に終ってしまいます。

 もっともこのままでは福田内閣延命にもっとも貢献しているのは民主党ってことになるでしょう。 

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中選挙区の遺産

 政治学者の佐々木毅氏は、日経のインタビュー記事(4月7日付、「政治の不全を問う・1」)で、「政党自身が所属議員を含めてマネジメントが全然できていない」「政策などの内容を詰めてマネジメントする能力は未熟」と指摘しています。

 おそらく、当面する政策課題に党内の意思統一がままならない与野党の状況にいらだちを感じておられるのでしょう。21世紀臨調の主要メンバーとして「提言」してきたのに、政党や政治家は「なにをしているのだ」というところでしょうか。

 僕が興味深いのは、この現状は二大政党制をめざした政治改革の失敗だという批判について、

 「私たちはふさわしい制度をいくつか作り上げたという自負はある。政党組織がうまく動かないのは、究極的に言えば、自分党的な体質が残っているからだ。個人後援会を含めて中選挙区時代に培われた体質が、政党の組織化にとって最大の障害物になっている」

 と述べられている点です。

 ちなみにこの指摘は、全面的に当たっていると思います。「自分党的体質」が政党政治を著しく歪めてきたことは事実だからです。例えば自民党の場合政党組織というのが地域に根を張っているわけではなく、実態は個人後援会の下部組織のような場合が多々見られます。自民党の場合極端でしょうが、大なり小なり党の看板ではない個人ブランドを確立している政治家が評価される風潮が一般的です。民主党の一部議員にはあえて後援会を作らず、政策とはさほど関わりのない親睦的活動をやらない人もいますが、ごく少数に過ぎません。

 さて政党政治が機能しない最大の障害物たる「自分党的体質」がなぜ残るのか。答えは簡単です。それを取り除かれたら居場所を失う政治家が少なくないからです。政策能力や見識とは違う次元で政治をやってきた者にとって、佐々木氏が指摘するような経営管理能力を持った政党組織が動き始めれば、自身がお払い箱になることなど火を見るより明らかです。ですから彼らはなんとかして家父長制的体質を守ろうとして、新しい芽を摘み取ることに精を出します。身を守ることを第一義とする者にとって、自らを乗り越えていく存在それ自体許されないからです。

 ちなみに、佐々木氏は中選挙区時代の体質が残存しているかのようにとらえられていますが、実態はこうした悪しき体質は小選挙区制になって強化されたと見るべきでしょう。

 小選挙区制導入には金のかかる選挙を是正していくという目的もあったはずでしたが、結果はまったく逆でした。これまで以上に金がかかることになり、さらに既成政党以外が参入しずらい制度設計にしてしまったがゆえに、むしろ「政治の不全」はいびつな選挙制度が温床になっている側面も指摘しなければなりません。

 中選挙区時代は一つの「自分党的体質」さえあれば、なんとか当選できたのに、小選挙区になるといくつもの「自分党的体質」と折り合いを良くしなければ当選がおぼつかないわけですから、政策や政治信条ではなく歪んだ義理人情が優先されることになるわけです。

 選挙区が中か小かなど実はなんら本質的ではありません。しがらみから脱することができない制度設計である限りどちらにせよなにも変わらないのです。根本は金と人手がかかる仕組みにあります。「金のかからない」ではなく「金をかけられない」制度にすればそれが、中でも小でも、問題は解決するでしょう。

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保守の多様化

 先日も話題にした映画「靖国」上映をめぐる騒動。ひと昔まえなら、保革の論客が口角泡を飛ばすところですが、映画上映に事実上の圧力となったとされる動きをする保守政治家もいれば、警鐘を鳴らす保守政治家もいるため、いわゆる革新に属する政治家が登場しなくても、あらかたの論点が出尽くしている感があります。

 かつては、保守といえば、改憲、日米同盟を柱とした外交政策、中国への強い不信と警戒感などが共通するキーワードでしたが、ここにきて保守勢力のなかで、発想の多様化が進行しているように見受けられます。

 というか、故宮沢元首相に代表される穏健なリベラル派は、もっとさかのぼれば石橋湛山、三木武夫といった人々以来脈々と流れてきたものですが、革新陣営が一定の勢力をもっていた時代は、左右から中途半端な印象を与えていました。右からは弱腰だと、左からは所詮ブルジョア民主主義に過ぎないといった風に論難されることもしばしばでした。

 しかし、革新勢力が総体として衰退するなかで、政治全体が保守化していると評価するのは簡単ですが、むしろ本来革新の側が専売特許のように訴えていたことを、保守政治家が主張することで政治のバランスが保たれていることを注視すべきではないでしょうか。少なくとも所詮彼らは保守だからと断じるのは簡単です。しかしこれまで革新陣営に属していた者はなおさらこの状況を看過すべきではないと思うのです。

 資本主義か社会主義かという二者択一の時代が終わりを告げてすでに長い年月が経っています。社会主義と対置させて資本主義の優位性を説明できなくなったため、その質をめぐって問い直す必要が生じ、結果、保守の側から多様な発想が生まれることになったのでしょう。

 一方、日本における共産主義(科学的社会主義)、社会主義(社会民主主義)が、冷戦崩壊以降社会変革の構想について深化させることができたかどうかも問われなければなりません。いま僕に答えは用意できませんが、少なくとも国民から受け入れられたかどうかという点では、保守に比べて劣勢は否めません。

 おそらくいまは、保守、革新といった枠組みとは別の政治的枠組みへの転換に向かう過渡期だと考えられます。その意味では混沌とした状況が当面続くでしょう。では新しい時代を切り開くのは誰か。それは保守でも革新でもなく、古い秩序を乗り越えようとする者のみではないでしょうか。

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福田首相に再議決はできない

 僕が気遣う筋合いでもないのですが、もし福田首相に政権維持の意欲があるならば、一度失効した暫定税率を復活させないことです。

 もちろん3分の2の衆議院再議決は可能です。ただし直近の民意は昨年の参院選の結果ですから、それ以前の結果をたてに再議決を行うことには禁欲的であるべきです。

 また、この間の国会の混乱について世論は与野党双方に責任ありと判断していますし、再議決をしなかった場合、その予算を見込んでいる自治体からの批判はあるでしょうが、世論はむしろ歓迎するでしょう。

 ねじれ国会では、一定野党の要求を呑むことが政権を維持するコツでもあります。まして世論の動向がはっきりしている場合は無理押しをしないことです。

 負けるが勝ちという言葉もありますが、世論にある程度忠実に政権運営をしていれば、政権交代がなくても構わないという空気も生まれてきます。民主党にしてみれば、政府与党が野党の要求を突っぱね続けることのほうが都合がいいわけですから、少々弱腰に映っても、野党の要求をも取り込んでしまうことのほうが、むしろ与党側には有利に作用します。

 内閣支持率が危険水域に達しているのですから、政権を投げ出したくないのであれば、支持を回復させるための知恵を働かせるべきなのです。野党側が「その点は評価せざるを得ない」という調子のコメントを出さざるを得ない提起を続ければ、世論の動向も変化するでしょう。

 いずれにせよ、いまなにが国民にとってプラスかを見極めてもらいたいものです。

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政界再編の胎動

 加藤紘一氏の「ビビンバの会」など、きなくささを漂わせつつも政界再編をにらんだ動きが始まっているようです。

 この種の動きは、政治家とりわけ現職国会議員が所属政党を離党する決意をしない限り成就しないものです。

 それだけに、橋本大二郎前高知県知事の衆院選立候補表明は、自民、民主の予定候補者のいる選挙区にあえて参入するものだけにかなりインパクトがあります。

 無所属で立候補するは言いつつも、「政界再編の流れの中で中心的役割を果たしたい」と述べたうえで、「同志が集まれば新党の形を作るのもあり得る」とされており、いわば再編を加速させるためのボールを投げたとも言えそうです。

 地方分権や福祉、環境などの政策を掲げ、「既存政党との違いを示して、有権者の理解を得たい」と強調されてもいます。

 最近は語られることも少なくなりましたが、保守中道革新という構図に改憲か護憲かという立場を組み合わせて、政党の立ち位置を示すことそれじたいを止揚しようとするのであれば、一面画期的な試みともいえます。

 先日紹介した田中秀征氏の第三極論とも通じるところがありそうです。

 言うまでもなく、既存の枠組みのなかでその枠組みを突破する事はできませんし、既成政党の離合集散は本来の意味での政界再編にはあたりません。

 いずれにせよこうした動きが出てくる背景には、参議院での与野党逆転が、必ずしも二大政党による政権交代の前段とはいえなくなっている現実があります。政府与党を追い詰めるのは野党として当然だとしても、ここ数ヶ月の国会の混乱によって、内閣支持率は大きく下げていますが、それに代わる政権をどこが、だれが担うのかについてはまったく現実味を帯びて語られていません。これは野党にとって致命的ともいえます。

 その理由の一つには、民主党は確かに政府与党に対案を示してはいるものの、政策の全体像(いわゆるマニフェスト)を具体的に明示しいないことも要因でしょう。

 そのため、野党が政権をとっても変わらないということではなく、そもそも与野党の根本的な違いがわからないという状況を呈しています。もちろん、暫定税率や一般財源化なども重要な政策課題ですが、マクロな視点での未来構想が、野党の動きから窺い知れないということです。

 かかる状況の総体をさして政治の閉塞状況が生まれているというべきなのでしょう。

 しかし閉塞状況を突破する役割を、それを作り出している既存の政党にできるわけがないことは自明の理です。

 橋本氏の投げたボールが、政界に波紋を起こすかどうか、自身がいま座っている安楽椅子を蹴飛ばして、あえて厳しい条件のもとに身を投じる者が出てくるのかどうか。まずは、注視したいと思います。

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一般財源化と暫定税率

 先日来不思議でならないのは、道路特定財源の一般財源化に踏み込みながら、暫定税率は維持するという福田首相の提案。

 一般財源化するということは少なくとも道路整備の費用を捻出するための暫定税率の存在理由もないはずなのです。福田首相はしきりに環境問題に言及されるのですが、それは次元の異なる話だからです。

 もちろん環境政策の充実は必要ですし、そのための財源を確保することも当然です。環境に負荷を与える行為に租税を課すことそれじたいには僕も異論は差し挟みません。が現行の暫定税率は道路特定財源とひとくくりで語られるべきものです。

 ガソリン税の税率を現行のまま維持し環境問題に対応するというのなら、暫定税率ではなく、恒久税にするとはっきり言うべきでしょう。税の性格が変わるのですから、本気ならそう開き直ってでも国民に理解を求めるべきなのです。

 話は変わりますが、衆議院で与党が3分の2以上を占め、参議院は野党が過半数を抑えているというきわめていびつな逆転国会のおかげで、与党側が法案を通すのに四苦八苦するのは当然です。しかし、最後は再議決になっちゃうケースが多いため、野党側も攻めあぐねる場面が増えてきました。一方、与党にとって3分の2議決のありがたみは手放せないものになりました。その結果、野党が追い詰めれば追い詰めるほど解散が伸びるという奇妙な状況が生まれつつあります。

 与党、野党ともに極めてまれば歴史的な経験の真っ最中なのかもしれません。

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