映画・テレビ

ベロニカは死ぬことにした

 深夜、たまたまぼんやりと観ていただけなので、細かなストーリーをちゃんと把握しているわけでもないのですが、「ベロニカは死ぬことにした」って、なんか昔のアメリカンニューシネマっぽい雰囲気がありました。

 例えば、僕が好きなデ・ニーロの「タクシードライバー」とはぜんぜん趣は違いましたが、妙な虚無感と生の躍動がこれまた奇妙にマッチしていました、などと書くともっともらしい評論めいてきますが、実は観ていてひとつひとつのシーンの意味はイマイチ理解できていないのです。要は、自殺未遂の女が変な病院に入れられて、変な人たちとの邂逅のなかで、変に元気っぽくなるというか、これじゃあ観ていない人への説明になっていませんね。

 ただ寝ぼけ眼が吸い寄せられたのは、妖艶って言葉がぴったりの主人公。演じているのは真木よう子なんですが、色香ってのはああいうのを指すんだろうとなと、感心した次第。体に衰えを感じ始めた中年男ですらドキドキさせられましたもんね。

 真木よう子ってのは、例の「パッチギ!」にも看護婦の役で出ていて、敵役に応援団に思いっきりケリを入れてたのも印象的でした。彼女は無名塾にいたこともあるらしいのですが、よりによって御大仲代達矢とケンカしてやめちゃったそうです。タダのわがまま娘に終わっちゃうか大女優になるか、この先目が離せません。

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大河ドラマ

 山本周五郎「樅の木は残った」、司馬遼太郎「国盗り物語」「花神」といえば、いまでも文庫本で結構売れている作品群ですが、この三作ともにNHK大河ドラマに取り上げられています。ここんとこ、これらビデオをレンタルしてきて画面にかじりついていたのです。

 「樅の木は・・・」は、まったく記憶にないのですが、「国盗り・・・」は、当時小学2年の僕に鮮烈な印象を残しました。跡付けをすれば、おそらくは「生の躍動感」に圧倒され打ち震えたとでも言うべきなのでしょうか。再見してみて気づいたのですが、いくつかのシーンが30数年を経た僕の脳裏にほぼ正確に焼き付いていたのです。「花神」はやや年がくだって小学5年ですから、記憶という点では「国盗り・・・」の比ではありませんが、やはり登場人物のエネルギーに引き込まれた辺りは共通しているようです。

 斉藤道三、織田信長、明智光秀、豊臣秀吉、吉田松陰、高杉晋作、大村益次郎などなどこれらドラマに登場する歴史上の人物に対する史実としての彼らの事跡への評価云々ではなく、まして各々の人間性やら、生き方やらなどというものですらなく、ただひたすら彼らの挙措動作(むろんフィクションですが)ひとつひとつに理由もわからぬまま惹き込まれるなどという単純すぎる感動を手にすることが可能だった少年の頃を、おっさんは羨ましく思うのでありました。

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パッチギ!

 なんど見てもエエなあってって感じの映画「パッチギ!」。けっこう重たい、いやかなり重い話は散らばっているのに、しんどくないんですね。愛する者を残して、しかし愛する者のために戦場へってたぐいの日本製戦争映画は、愛をきちんと描けばいいのに、過去の歴史への厳しい目線に対して変に力んだり、開き直っちゃったりしているパターンが多くって引いちゃうんですが、(昨年だったか公開された「男たちの大和」はその臭味があんましなくてよかったですが・・・) 一方、イムジン河、在日コリアン、差別問題エトセトラってくると、引いちゃう人たちもいるでしょう。が、まずよほどの偏見があるか偏屈者でない限り「パッチギ!」は引かないでしょう。っていうか、重い話を娯楽作品に仕上げるって、井筒監督、お主大したもんやでと喝采を送りたい今日この頃、みなさん、いかがお過ごしですか、ってきっこのブログのぱくりになった今日この頃であります。

 フォークにはまったお寺の息子と在日朝鮮人のホルモン焼き屋の娘とのおとぎ話のような、ほとんどありえない純愛と、朝鮮学校と日本の高校生(どちらも高校生には見えないんですが)の不良どもの喧嘩を中心に、物語はテンポよく進んでいきます。この作品が何度見ても飽きないのは、おそらく登場人物がピュアな人々だということと、しんどいシーンと笑えるエピソードが交互に展開されるというあたりにあるんでしょう。

 ちなみに、僕は映画といえば基本的に娯楽映画が好きなもんで、なにかまじめなテーマを正面から取り上げたゴツイ作品はどちらかといえば苦手なんですね。もっとも「ガンジー」とか「アラビアのロレンス」、「JFK」はたまた古いところでいけば「市民ケーン」など映像が素晴らしければその限りではありませんし、泣かせる映画も例えば「ライムライト」やら「タイタニック」なんか涙腺がほとんどない僕もウルウルしちゃいましたし。まあなにはともあれ、「パッチギ!」のような徹底的に娯楽にこだわった作品は完璧にハマってしまうのです。そういえば「ゲロッパ!」もよかったですね。

 話は変わりますが、料理がいかにうまかったか、それを読む者に味覚を感じさせる文章を書くことができればおそらくノーベル文学賞モノだって思うんですね。同じように映画や絵画などを文章で評価するなんてのもほとんど神業に近いんじゃないかと思うのです。その点で言えば、ほんまにほんまもんの映画評論家や美術評論家なんてのがほんまにいるなら希少価値でしょう。

 見た映画のなにがどう素晴らしかったなど、縷々能書きを垂れる必要はないのです。なにがではなくとにかく「よかった」、なにがではなくとにかく「おもしろかった」が、僕の映画の楽しみ方なのです。まあ、単細胞といえばそうなんですけれど・・・・。

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