日記・コラム・つぶやき

寝台急行「銀河」廃止

  おととい報道ステーションをみていると、東京大阪間を走ってた寝台急行「銀河」が廃止とのこと。

 昨晩の運行を最後に、今日からの新ダイヤには「銀河」は消えてしまいました。
 
 僕は2回しか乗ったことがないんですが、意外と使い勝手がよかったのです。 金曜日の夜まで日程がたて込んでいて、かつ地元で朝早くから日程がはいっている時に使ったのですが・・・。

 酒とつまみを買って乗り込み一人酒盛。 熱海に着く頃までには平らげ、あとは朝までスヤスヤ
 そんなこと夜行バスではできないですもんね。

 やっぱり運賃が高すぎたのがアキレス腱だったのでしょう。
 いずれブルートレインって言葉も死語になるのでしょうか。時の流れとはいえ寂しいものです。

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元社長?

 日本では無罪が確定したいわゆる「ロス疑惑」。なぜいまになってロス市警が逮捕に踏み切ったのか、まめにニュースをチェックしているわけでもないので、細かいことはわかりません。もっとも一事不再理については少なくとも判決確定時に他国(この場合カリフォルニアの州法でしょうか?)が、他国で判決が確定した事例に一事不再理を容認していたのかどうかが、問われなければならないとは思います。

 さて、僕が気になるのは、新聞、テレビの報道が「元社長」という肩書で通していること。日本では無罪なんだから「さん」「氏」でもいいように思うんですが、なぜ奇妙な肩書で統一するのか不可解でなりません。普通だと「なんとか会社元社長なんとか容疑者」とか「自営業なんとか容疑者」などと表現するんですけどね。

 「さん」「氏」という表現が適切でないと判断したから「元社長」としているわけですから、ならばなぜ不適切とされたのかその根拠がしりたいものです。もしご存知の方がいらっしゃればご教示ください。

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自費出版

 出版不況の中で、自費出版ビジネスが盛んになっています。ただし、甘言を弄しすこぶる高い費用を要求されることもままあるそうで、訴訟などトラブルも頻発しているようです。

 ちなみに最近、新風舎の経営が悪化、破産手続のうえ同じく自費出版大手の文芸社に営業譲渡されることとなりました。だからといってすでに払い込んだ出版費用が戻ってくるわけでもありません。破産しちゃったから取られ損ということです。

 三代噺めいてきましたが、実は僕も文芸社から自費出版をした経験があります。中身は政治モノではないですよ。れっきとした?小説なんですけど・・・・・。

 懸賞にあっさり落ちた原稿を持ち込んだのですが、確かにそこそこの費用はかかりますが、まああんなもんだろうって感じでした。だいたい自費出版が大々的に取り上げられベストセラーになるわけがないんですから、ある程度割り切っておく必要もあるでしょう。いくばくかの間本屋にも並んだようですし、一応新聞広告も掲載してくれましたから、まあ十分でしょう。

 ただ驚いたのは、買ってくれた人がいたことです。といっても数百冊ほどですけれど。べつに誰かに押し売りしたわけでもないんですが、奇特な方もいらっしゃるもので、おかげさまでお年玉程度の印税も頂戴しました。

 というわけで、ブログやメルマガで恥ずかしげもなく駄文を書き連ねつつ、夜になれば応募用の原稿書きにいそしむ今日この頃です。

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約一ヶ月ぶり

 書きたいことは山ほどあったんですが、雑事にかまけておりました。

 「平和」ってあたりまえのことが、国家によって踏みにじられるという現実が、これでもかこれでもかと繰り返されることに、いつまでも切歯扼腕しているだけではダメだという思いを改めて強くする一ヶ月であったことも事実です。

 私憤は物事を歪めてしまいますが、いまどうしようもなく体の中からこみ上げてくる憤りは決して「私」のものではありません。

 しかし、心の奥底から沸き上がる激しい憤りを、ただ一個人の思いとしてとどめている限り、それは私憤の域を出ないものになってしまいます。

 政治を動かす力はむろん大きな力です。それゆえごく少数の強者がまるで、社会を代表しているかのように闊歩するのです。かといってただ現状が推移するのを指をくわえて眺めているだけでは事態はますます悪化するだけのこと。組織、金、権力が三位一体となったいまの政治の風景をただ描写し、鑑賞するのではなく、まったく違う風景を描き、そしてそれこそを現実の風景にしてゆかなければなりません。

 世の中をよりよく変えるという行動は、最初から組織された多数の人々によって始まったわけではありません。闘いの端緒はつねに孤独なものです。しかし力の背景がなくとも市民に訴え続けるという、古典的な手法は決していまでもひからびてはいないでしょう。

 書を捨てる必要はまったくないけれど、街へ出よう。必ず共感の輪が広がっていくはずだ。その確信だけは捨てないようにしたいものですね。

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最近憤ったこと

 新テロ特措法での小沢民主党代表の棄権は呆れて言葉もありません。そのうえ恥の上塗りをしたのが鳩山幹事長。言うに事欠いて「公務のため退席」とは???

 政権交代の主役になるはずの野党第一党がこの調子では、「解散総選挙に追い込むぞ」などという威勢のいい台詞が空虚に響きます。

 さて、この間の報道で僕が怒りを覚えたことについて少々書き留めておきたいのです。

 詳しく報道(その必要があるのかも問題にしたいところですが)されましたが西村眞悟代議士のご子息が自殺されたという一件です。

 西村さんが気丈に振る舞っている様子が映し出されるだけならともかく、救急車に収容され蘇生措置を受けているご子息の姿をとらえようと、カメラが回り続けているのには驚愕するばかりでした。

 ニュース番組ではキャスターらが一見良心的な台詞を吐いていましたが、じゃあ、あのときカメラを回し続けた方に、果たして相手を思いやる気持ちが一寸でもあったのかどうかどう考えても疑問です。勝手な憶測は憚られますが、あのような映像を撮ろうという心理の中には、いわば特ダネを撮るという職業意識だけが突出していたとしか考えられないのです。たとえどうキャスターが哀悼の意を表しても、あの映像とセットになっている限りは、結局のところ一人の人間を辱めていると思うのです。

 政治家にプライバシーなどないというのは確かに世界の常識です。しかしそれは自立した個人たる政治家その人に対してのことであり、 ご子息はじめご家族が私人であるというあたりまえのことに報道が配慮するのは当然ではないでしょうか。 

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2008年は「優」で

あけましておめでとうございます。

僕は今年1年を一言で表現するなら「優」でいきたいなと思っています。

人が憂えば優しくなれるってところでしょうか。

実際昨年は憂いが多かったですから、今年こそ優しい一年にしたいものです。

人を粗末にし、そして人にとって必要なモノや、人を生かしている自然を粗末にしてきたツケは必ず、私たちに降りかかってきます。

それは自身が粗末にしているつもりでなくても、それに鈍感であったり、目を逸らしていれば同じことです。

人の苦しみ、悲しみ、辛さ、怒りに不感症になってしまった政がいまをよりすさんだものにしている事は否定できません。しかし、それに未来がないにもかかわらず、いまだに存続し続けていることは、抗する側の弱さでもあります。現体制に否定的な立場にあっても、実は現体制の精神構造と同質なありようを抱えているのかどうか、少なくとも変革を求めるものは検証し、もしあればそれを払拭しなければなりません。

今年は大きな変革の年だと言っても過言ではありません。僕自身、理想に向かって大きく前進するための正念場を迎えています。

この1年「優」を背負って、力強く歩んでいきたいと思います。

本年もよろしくお願い申し上げます。

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ごぶさたしております

 ずいぶん長い間書き込みが滞っていたのですが、ちょっと根を詰めた作業があったもので、ほっとひとことって具合の余裕がなかったのです。すみません。

 さて、参議院選挙後、すわ政権交代へ一直線かと思いきや、民主党内部も大変というか、へんてこな事態になっています。報道されている話以上にドロドロした中身が隠れているのでしょうが、福田、小沢両トップの会談は、とりあえずは、福田首相の判定勝ちというところみたいですね。 もっとも僕は、ときどきの政治状況を注視しつつも、いちいちそれにとらわれることなく、国政復帰をかけて頑張るのみです。

 ちなみに、政治を担う政党にせよ、企業にせよ、はたまた個人のありようにせよ、希望的観測や自身への過大評価が判断を誤る要因であるケースが多く見受けられます。

 自分の身の回りのことだけで都合よく解釈しちゃうと、大局を見誤ることは常といっても過言ではないでしょう。

 ただ小沢さんの場合はちょっと違うようです。展望を切り開くなどといえば聞こえはいいですが、「展望がない」というのはそもそも「切り開く」ことができない状況を指しています。小沢さんの場合、自らが代表を務める民主党の展望を過少に評価し、選挙で展望を切り開けないといともあっさり判断したことが、混乱を生んだからです。

 だから、表に出ているさまざまなお話とは筋の違う何かが隠されているのではないかと、想像してしまうのも無理からぬところです。

 いくら小沢さんの発想が国民世論からかけ離れていたとしても、余りにもあからさまに世論に背を向けるが如き行動は、これをやっちゃうと批判を受けることを承知しながら、そうせざるを得ない何かがあったということなのでしょうね。

 政治は一寸先は闇だとよく言いますが、日本の政治それ自体が、別の物に操られているとしたら、それは心霊現象などとは比較にならないほど、恐ろしいことです。

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ほうれんそう

 最近はもはや死語とはいわないまでも古語になりつつあるかもしれない「ほうれんそう」。

 報告、連絡、相談ってのはいかなる分野の業務でもつねに必要なことでしょう。しかし世の常としてそれが徹底されることはありません。

 いま僕が従事している選挙事務所の仕事でもおんなじです。だいたいもめるのは「聞いてない」ってところからです。担当者に連絡がなかったり、例えばなんらかの変更がなされているのにその責任者に報告も相談もなかったり、ってことは日常茶飯事といって過言でありません。

 ちなみに「聞いていない」ってことは「言っていない」からです。この「言っていない」理由は二通りあって、一つは単に忘れている場合、二つは言う必要がない、すなわち「ほうれんそう」が必要ないと判断された場合です。前者は大事なことを忘れているようでは問題ですから当然要注意ですが、後者のほうがむしろ問題です。というのはこの場合、個別の判断によって、遂行しているなんらかの業務が歪められてしまう危険を伴っているからです。

 ちなみに、僕の選挙事務所での立場はいわば中間管理職のようなものです。おそらく自身が「言っていない」こともあるでしょうし、「聞いていない」こともあるでしょう。「言っていない」ことを指摘された場合は「すみません」と謝ることです。「聞いていない」ことについてはあまり追及しないことです。ただし、時として我慢をおさえることができないこともありますが・・・。

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mixiってけっこうハマリますね

 ひょんなことで、mixiを始めて数ヶ月。旧交を温める手段としてはもちろんですが、ぜんぜん面識のない相手とのコミュニケーションって楽しいものです。

 共通の趣味、経験などなど、ホントに意気投合する相手とめぐり合えるなんて実はそうありません。でも大人になってそれなりに社会生活を営むなかで、相手の話にあわせるという術は自然と身についてくるものです。が、はっきり言ってそれはつまらなく、また時として息が詰まる時だってあります。

 でも、コアな話題は、そうそうできるものではありません。よほど空気が読めない人でない限り、場の雰囲気に自身をなじませようとしますし、そうであればこそホントに盛り上がる相手とコミュニケーションしたいという思いはつのるでしょう。

 そういう場としてmixiの価値はなかなかのもんだと思うんですね。僕もいつの間にか、顔の知らない本名も知らない「マイミク」との「会話」にハマってしまいました。

 さほど大層に考える必要はないでしょうが、地域社会のコミュニティにありがちなある種の排他性が微塵もないってことが、ハマる要素としてあるのかもしれません。

 先日も、中学の頃、FMで放送されたあるミュージシャンのライブを「エアチェック」した話題で盛り上がりました。オープニングの曲までみんな覚えていて、互いに感無量だった次第。

 自身が打ち震えた感動を共有できる人とめぐりあえるってことはそれ自体稀有なことだけに、ネットを通じてという点で擬似的かもしれませんが、所詮人間関係なんてある種の幻想に包まれているもんだと割り切ってしまえば、こうした出会いのほうがむしろ真実が隠れているような気分に浸らせてくれます。

 といっても、そのうち飽きるのかもしれませんが・・・・・。

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台風一過

 台風が通過したあと、妙な暑さの中での選挙遊説でしたが、東京からの応援弁士は、午後まで新幹線が運休になったこともありキャンセルに・・・。

 ってのが本題ではありません。

 子どもの頃、台風一過のことを「台風一家」と誤解しておりまして、「楽しいムーミン一家」みたいな言い方をなんで台風でするんだろうと不思議に思ったものでした。漢字の置き換えでの間違いも結構ありますが、恥ずかしい読み間違いもありましたね。

 例えば、これも子どもの頃(ホントですよ!)ですが、「げっきょく」ってほんと大きな駐車場のチェーンなんだなあ、ってエピソード。でも漢字を覚え始めた子どもなら「月極」を「げっきょく」って読んじゃいますよね。「つきぎめ」って言うほうがむしろ不自然ですから。

 この種の恥ずかしい思いは、子どものうちにたくさんしておくことです。ある声明高い政治家が、「じゅんぷうまんぽ」って言ったのを聞いたことがありますが、誰も指摘しないあたりが妙に切ないんですよね、これが。

 順風満帆は「じゅんぷうまんぱん」ですよ! あなたですよ! 間違えないようにね!

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大阪駅の大問題!

 JR大阪駅から神戸方面に乗る人なら気づいていると思うんですが、神戸方面のホームは、3・4番線、5・6番線の二つに分かれています。じつはこのことが大問題の原因なのです。

 大阪駅はいくつか改札があるのですが、改札の正面には電光掲示板があって、どこそこ行きの電車がどのホームからいつ出るのかはすぐわかるのです。が、大問題は乗り換えの場合なんです。
 各ホームを結ぶコンコースがいくつかあるのですが、例えば環状線から神戸方面に乗り換えようとコンコースに降りても、電光掲示板がないのです。

 要は、二つのホームのどっちに上がると電車が来ているのかがわかんないのです。3・4番線のホームに上ると、5・6番線の電車が先に出発しそうで、あわてて階段を下り5・6番線のホームに駆け上がった時にはもう遅かったってことは一度や二度ではありません。
 
 例えば名古屋駅はホームの階段下に各ホームごとに掲示板があるんで便利なんですが、なんというか大阪駅はなにやってんだってって感じですね。

 駅はきれいになってるんですが、肝心なとこで、間が抜けているんです。早く掲示板をつけろー!!ってな感じの今日この頃です。
 追記
 本文は、別のところで書いたものを少々改めて使いまわしたものです。

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久しぶりの酩酊

  ひさしぶりにきこしめしたお酒は結構こたえました。

 昨晩は涼しかったので、近所のなじみのうどん屋へ。この店はうどんも美味しいのですが、おでんがまた秀逸。二合の熱燗を3本に、‘‘あて’’は、すじ肉、たまご、じゃがいも、だいこん、あつあげ。仕上げは特別にこしらえたという焼酎のロック。

 が、この段階では自転車に乗っても全然大丈夫だったのですが、その後知人とおちあい2軒目の居酒屋にて、ささやかに冷酒をきこしめしたるところ、アルコールが五臓六腑にしみわたり、ついに酩酊とあいなったのでした。

 ちなみに朝の寝覚めはよかったのですが、どこからか記憶は途絶えていたようで、ふとんに入ったことは少なくとも覚えていなかった次第。PCは付けっぱなしで、メールをチェックし、ごく正常に返信した形跡がありました。ぜんぜん覚えてないんですけど・・・。

 酒量は20代と変わらないのですが、年を重ねるごとにアルコールの体への浸透度は確実に増しています。ぼちぼち気をつけなければならない年頃になったようです。とりあえず反省・・・、です。

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空中庭園展望台

 「庭園」だというもんですから、枯山水なんぞがしつらえられていると思ったのですが、要は屋上なんですね。といっちゃうと身もフタもないのですが、通天閣に登れば眼下に大阪が一望できるなんてのはわんすあぽなたいむとあいなった、いまや高層ビルが林立する大阪で、ひときわ目立つ梅田スカイビルの「空中庭園展望台」にて360度の夜景を楽しんだのです。

 地上170メートルといいますから、高層ビルとしてはそんなに高いほうではないのですが(確か東京都庁は200メートルをゆうに超えていたはずですし)、ネーミングがいいんですね。空中庭園なんていわれちゃうと、なんかラピュタの世界に引きこまれて空中を実感したような気分になっちゃいますから。あっと、ラピュタは天空だったけど・・・。

 カップルも多くて、ベンチを占領しておりました。ムードを盛り上げるにはなかなかなもんなんですが、夜景を楽しんだあと、軽く呑んで、そのあと・・・・、というには、梅田の中心街までのアクセスが悪いんで、てくてく歩いているあいだに現実に引き戻されて醒めてしまうかもしれませんね。 まあなにはともあれ、さしておもしろくもない現実の星屑でさえ、高いところから見下ろすとなんとなく感動しちゃうってのは、人間は意外と単純にできているからなんでしょうね。

 ちなみにわたくしめは、十数分後、空中からさしておもしろくもない現実の星屑に戻り、焼肉をついばんでおりましたとさ。

 小市民のささやかな休日でありました。

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禁酒とまではいかないのですが

 この時期になるとナイターなんぞを見ながら、焼酎のロックを4~5杯ってのが定番なんですが、ここ1~2ヶ月ほどパタリを家で飲まなくなったのです。というか、そんなにアルコールを体が求めなくなったんです。春先に胃痛に悩まされたことも遠因だとは思うのですが。

 僕の場合、ビールはせいぜいコップに1杯で十分でして、冷蔵庫に缶や瓶を冷やしておくことはまずありません。家ではいいちこオンリーで、25度のやつをロックで淡々と飲むのです。その分外で飲む機会があれば日本酒になりまますが、だいたい5合が限界です。許容量は20代の頃に比べてやや落ちたかなって感じなんですが、ここ数年酔い方がよろしくなくなってきたのです。

 ぼちぼち酒を控えようかなと数日アルコールを絶ったところ、そのまんま体が慣れてしまったみたいなのです。深く考えるまでもなく、まあいい傾向ではありますね。が、しかし、好きだったはずのものを受け付けなくなるのは、ひょっとして男の更年期の前触れかな?とちと不安でもある今日この頃です。

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納豆がない!

 食材を買いにスーパーに行ったところ、確かに噂どおり、納豆がありません。もともと納豆好きですから、おかずが和系統の場合、ほぼ納豆も食膳にのぼります。おかずをほぼ平らげたあと、二杯目を納豆ご飯にして、味噌汁とともに流し込むのが、10代の頃からの僕の流儀。

 なにやらささやかな喜びを奪われた気分で、絶対納豆を手に入れるぞ! と、納豆を求めてスーパーを行脚。やっと、やけに値の張る水戸納豆を買い求めたのです。

 だいたい、納豆がダイエットに効果的なんてホンマかいな、なんでその程度の報道で納豆がスーパーから消えてしまうのか、切実に痩せたがっている人の数が、納豆の供給量をはるかに超えてしまったからなのか、などなどつらつら思いながら、納豆にありついたのでありました。

 「納豆のダイエット効果」は嘘だったというニュースを、納豆ご飯をぱくつきながら見つつ、冷蔵庫の中が納豆だらけだっているおうちが全国で何万件ぐらいあるだろうか、と心の中で「お気の毒様」とつぶやいたのでありました。

 さて、わがブログをやっと公開させていただくこととなりました。いまのところ、HP上の「HOTひとこと」と並行していますが、近いうちに一本化したいと考えています。どうぞご愛顧くださいませ。また遅れていますが、メルマガも今年第1号を近日中に発行の予定です。あわせてご購読いただければ幸いです。

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ノロウイルス

 夜中に突然目がさめ意識が戻ると同時に激しい吐き気。すでにのど元まで胃袋のものが逆流している状況で、とにかく口を抑えながらトイレに駆け込むやいなや昨晩口に入れたものをすべて吐き出したのです。こんな経験初めてですから、いったいなんなんだととりあえず床に戻ったのですが、横になると胸のむかつきが増幅され寝ることもできません。どうやら熱もあるようでたちの悪い風邪をうつされたようにも思えるのですが、経験上この体の悲鳴は風邪のそれではありません。喉がやけに渇くため、水をがぶ飲みしたのですが、数分後にまた激しいむかつきとともに水が逆流、再びトイレに駆け込みすべて嘔吐。

 結局朝までに3度の嘔吐。胃袋はほぼ空っぽ状態。

 どうやら風邪ではなくノロウイルスに感染したらしいのです。とにかく体がだるく、そのうえ喉が渇き、まるで肝炎と糖尿が手をつないでやってきたような状況下、次の日は嘔吐がない代わりに激しい下痢(不思議なことに腹痛はしないのです)。水を飲んではトイレに駆け込むことの繰り返しで日が暮れてしまいました。

 なんも食べてないのでもちろんお腹が空きます。夕刻にバナナとお粥を食べたところこれまたすべて嘔吐。

 ノロウイルスに感染してもさして治療法はないそうで、嘔吐物や下痢とともに菌が体外に吐き出されるのを待つしかありません。おかげで本日の予定はすべてキャンセルし、家で静養する羽目になった次第。

 幸いといってはなんですが、多くの場合1日2日で治癒するそうで、1日半たった今では気分は壮快と言えないまでも、まあ快方に向かいつつあるなって感じまでは復活したのです。が、時折お腹がゴロゴロなるのが心配です。

 ちなみにこれだけのことで体重が2キロ減りました。この点だけは、怪我の功名?かもしれません。

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    遅まきながら、ぶろぐを始めることにしました。 HPの「HOTひとこと」はこっちに移動となります。今後ともよろしくご愛顧くださいませ。

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ぶろぐへの移行計画

 わがHPの「HOTひとこと」コーナーをそろそろブログでの書き込みに移行しようかと考えています。

 いまのまんまでも特段不便はないのですが、HPの大改革を構想中でして、その一環としてまずいわゆる日記の部分から手をつけようと思った次第。

 むろん、書き手がおんなじですから論調が変わるわけではありませんが、少々気分を変えてみたいってところですね。

 引き続きのご愛顧をお願いします。 

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