政治

ほんとうの「森友問題」の焦点はああじゃないと思うのですが

 国有地を不当に安い価格で売却し、それには何らかの政治介入があったか否かが焦点のようですが、僕はどうも違うと思うんですよねぇ。

 話は逆で、じつは売却額こそ本来の価格ではなかったのかと疑念が払しょくできないのです。要は、国有資産に不当に高い価格をつけていたということ。報道されている話の端々から推測しているだけなのですが、衆参議員の誰一人そんな疑問を持たないのでしょうか?

 なぜって、もしそうなら、国家財政の粉飾というあまりにもでかい問題にぶち当たるわけです。総資産に占める有形固定資産は資産全体の2割程度とはいえ、それでも約180兆円。もし、これが不当に高く設定されているなら、国の貸借対照表の信用性が大きく揺らぎますし、こうしたデータを前提とした政策の正当性もまた失われます。

 件の土地がいかなる経緯で国有地となったのかはもちろん、登記簿をもっとさかのぼれば事情が分かるはずです。少なくとも、森友学園が小学校建設を始めて、初めてゴミが出てきた、そこで初めて土地の価格を下げざるを得なくなったという説明のほうが、籠池氏のおしゃべり以上に説得力に欠けるのは明白なのです。

 おそらく今回の問題で明確な政治介入など認められないことが分かっているからこそ与党も証人喚問に応じたのでしょうが、野党は、確証はないけれどなんとなく怪しいというイメージを醸し出せれば安倍政権のダメージになるという程度の判断なんでしょうか。

 ひょっとしたら、籠池喚問こそ、氏とその家族の強烈な個性とあいまって、問題の本質を隠ぺいする煙幕の役割を果たしているのでは、というのは勘ぐりすぎでしょうか?

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石田純一さんは出ないほうがいいと思います。

 ピュアな人なんでしょうね、石田純一さんは・・・。だからこそいまは奥さんの意見に耳を傾けるべきす。

 右派左派関係なく、あまりおもしろくない境遇にある人達のなかには、大穴狙いで一山あててやろうという阿呆がけっこういるものです。おそらく石田さんもその心根のピュアさにつけこむ詐欺師まがいの面々にあおられているのでしょう。

 というのは、そうでなければあんな記者会見しないと思うんですよね。野党統一ならなんて、それ以外は純な話ばかりなのに、なぜ枠組みの話だけ妙にきな臭いのか?

 今回の都知事選では広い意味での左派候補は宇都宮氏。氏が候補になると、ポスター張りのボランティアを割りあてられる程度で選対本体にはかかわれない面々、が、どういうつてがあったのか、石田さんに食いついたのかな? って僕は想像するのですが・・・・。

 東尾理子さんのブログを熟読玩味していただき、今回は見送ってほしいですね。本当に本命になる可能性もあるんですから・・・。

 

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僕もコメの高値誘導策は大いに疑問です

 先月半ばに掲載された「コメの高値誘導策は疑問だ」と題した日経の社説は、おそらくTPPはじめ農業問題に関する国会審議でまず取り上げられることのない、しかしきわめて重要な論点です。

 飼料米を戦略的作物と称して、経営所得安定対策のなかでも突出した交付金(10アールあたり最高10万5千円、最低でも5万5千円)を交付するのですが、この金額収入の9割なんですね。まぁ国産飼料の増産なんぞといえば聞こえはいいけれど、要は、食用米を作らせないようにしてコメの高値を維持するために、安い飼料米を作ればお上が収入の9割を補填するよというわけ。消費者に高いコメを買わせるために税金を投入するという、市民感覚からすれば二重取りといっても過言ではないでしょう。

 ちなみに民主党政権時の戸別所得補償は、事実上の減反さえすれば10アールあたり1万5千円あげるよという、およそ政策の名に値しないばらまきでした。当時、僕の住む地域では説明会が平日の午前に開かれたのですが、当然集まりが悪く、「所得補償の対象になる方はサラリーマンが多いので別途説明会を開きます」なんて担当者がのたまってたあたりに、この政策の愚かさが伝わってきますが・・・。(ロシアのアネクドートみたいな話が、この日本では現実にあったのです)

 閑話休題。

 まぁ、民主党に比べて自民党は悪知恵が働くということなんでしょうね。

 

 

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徴兵は苦役だったんだ

 先月成立した安保法制については、もはや旧聞に属するお話かもしれませんが、少なくとも「立憲主義」が踏みにじられた瞬間を目の当たりにしたというのが第一印象でした。踏みにじられ消去されるのか再び芽を出すのかは、来年の参議院選挙が安保法制廃止を争点にできるか否かにかなりのウエイトがかかっているでしょう。

 そうは、ならないような気はしますが・・・。というのも、安倍首相ってのはかつての岸信介、池田勇人両人が果たした役割を一人で完遂しようと、僕はその主張に一片の共感もしないけれど、本人はかなり努力と研鑽を続け、それなりの未来像を提示すべく葛藤していることは嘘ではないと思うからです。一方、野党とりわけ民主党の政治家にはそうした姿勢がまるで見られないですもん・・・。

 ちなみに、論理がない云々以前にほとんど開き直ったかのごとき国会での首相答弁のなかで、違和感を覚えたのが徴兵制は苦役ゆえに憲法違反だという答弁。まぁその通りなんですが、いわゆる戦争法案を提案しながら徴兵は否定することの意味合いが審議ではほとんど深まらなかったですね。

 戦争への道を開く法案だからその先には徴兵制が待っているというステレオタイプの質問に、素直にステレオタイプの答弁で返したといえばそれまでなのですが。

 一部に「経済徴兵制」なる指摘もありましたが、報道でクローズアップされることはありませんでした。

 要は、安保法制によって戦争への道が開かれるという危険は確かにそうですが、それ以上に、戦争をさせる人、戦争をさせられる人、差配する人される人に分化させることこそにもっと光をあてるべきだったのではないでしょうか。

 逆に言えば本当に万が一の時はよその国まで出向いて戦争する覚悟を国家の意思として持つならば、そしてそれが国防の一環だというならば、かかる責務は苦役などではなく、国民の最も崇高な任務だというべきでしょう。そしてそれはすべての国民が担うべきものであるはずです。例えば男女の別なく18歳から25歳の間に最低2年間は兵役の義務を負うこととし、身体上の理由で任に堪えられないこと以外で不当にその任務を逃れたものは終身公民権を停止するくらいの制度があってしかるべきです。将来キャリア官僚になるものであろうが、的屋のにいちゃんであろうが、誰もが公平にその任を負うのは、国民の生命財産を守り抜くというのは国民すべてが担うべき普遍的な責務とするならむしろ当然です。

 が、現政権にそんな覚悟はないというより、そもそも国民を守るというより為政者とそれに連なる者たちの権能と利益を守ることが第一義だから、自身にも犠牲が伴う徴兵などもってのほかということなのでしょう。

 ともあれ格差の拡大と固定という視点からも安保法制をもっと論じて欲しかったですね。

 

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報道圧力問題

 自分は正しい主張をしているのだから、それに反対する主張は間違っている、偏向している、けしからん・・・、ゆえにかかる主張ができないようにすべきだ、という発想それ自体、自由と民主主義を貴ぶ限りにおいて少なくとも公人から発せられればトンデモナイことは言うまでもないことです。

 むろん、自由と民主主義を否定し、もちろん表現の自由も制限すべきという立場ならどうぞご勝手にということにはなりますが・・・。

 読売、産経という御用新聞を抱え、論壇も、左翼なんてほんの片隅に生息している状況、マスコミに登場する論者も政権に根本からの批判を加えることなどほぼ皆無といっていいですし、いったい何が気に入らないのでしょうかねぇ・・・。

 時の政権のさじ加減で解釈が変えられる憲法なら、憲法なんてそもそもいらないんだから、安倍首相も自民党も、憲法改正ではなく憲法をなくしましょうと提起すればいいんじゃないかとさえ思うのです。

 ちなみに、件の問題の端緒となった作家氏は、朝日、毎日、東京新聞に潰れて欲しいとおっしゃった由。三紙の論調はたまにネットで見る程度ですが、コマさんが怖い顔したくらいのおとなしさで、そこまで言われちゃあ気の毒というほかありません。

 

 

 

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日韓条約再交渉を!って誰も言わないのかなぁ?

 戦後70年談話が話題になっていますが、近隣諸国の理解を十分得られるだけのことをこの10年、20年やってきたなら、謝罪の文言は大した問題ではないんだけどなぁ・・・。が、残念ながらそうじゃないのに、安倍首相はただただ頭を高くするばかり・・・。恥ずかしいことです。

 ともあれ、ことしは日韓条約締結50年でもあるのだけれど、田舎住まいゆえよくわからないのですが、あまり話題になっていないような・・・。

 完全かつ最終的に解決したはずなのに、いまの日韓関係は条約以前の歴史がつねに奥歯に刺さっている状態。開き直る日本政府と政権がやばくなると反日をあおる韓国政府ともにいかがなもんでしょうか。もしこの状況を打破するとすれば日韓条約交渉時の議事録の全面公開(日韓両政府ともに嫌でしょうが。もっとも韓国側は日本に都合の悪い部分を小出しに公開したことはありましたが)と条約再交渉しかないと思うのですが。

 

 

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事前予想どおりの選挙結果

 あんまり気乗りはしなかったけど、国民審査まで棄権するわけにもいかず、暇を見つけて期日前投票に・・・。

 

 結果は各マスコミの予想通りに。次世代の党が壊滅した以外は、各党ともおおむね(生活の党は微妙かな?)面子がたったかっこうですね。

 

 時間がたつのは早いもので、気が付けば僕も政治の現場から離れて10余年。政治のごちゃごちゃしたお話からは当然ながら疎くなりました。が、皮肉なことに、とりわけ就農してからのここ5年、政治を生業にしていた時とは比較にならないほど、政治の動きに関心を持たざるを得ないんですね。妙な話ではありますが・・・。

 

 もっとも制度政策の改廃が、暮らしのすべてにかかわってくるのですから、世の中が多少変化しても生活に直結しない人々もけっこういる一方、そうした方々より政治に翻弄される場面が多いだけに政治の動きに関心を持つのは当然といえばそうでもあるのですが。

 そのくせ、投票にいくのが億劫になるのは矛盾しているようですが、保守かそうでないか(革新という表現は沖縄以外では死語なので)とかいう立場性もさることながら、経済政策、税制、社会保障はじめ具体的な政策課題に、その制度いかんで生活が大きく変わる国民じゃなく、制度がどうあれさほど生活に変化をきたさない国民によって各政党のコアな支持者が構成されていることが、結果として生活実態とかい離した各党の政策の羅列を生み、そうじゃない国民の政治への関心が深まるほどに、政治そのものと自身との溝も深まってしまい、矛盾した思考を生むのでしょうね。

 

 

 

 

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消費税増税と野田首相

 「消費税率を上げる前にやるべきことがあるだろう」というのが、一般的な世論でしょう。識者が解説するまでもないことです。

 例えば、公務員制度改革、財政支出全般の見直し(事業仕分けのようなスケールではない)や、象徴的な意味を持つ国会議員の定員削減案などを具体的に示すだけでなく、国会に提案し(通常国会冒頭であるとか)、それら成立を前提として消費税増税を訴えるなら、世論の動向もずいぶん装いが違ったことでしょう。

 国会に提出した法案をたたき台に与野党協議を求めるなら、野党も拒否しづらいですが、素案の類でそれを投げかけても野党にしてみれば「なんで与党の共犯にならなきゃなんならないんだ」ってことになります。協議に応じない野党の姿勢へも批判はありますが、国会提出前の法案(それも生煮えのままの代物)について事前談合に応じないのはけしからんというのは無理があります。

 が、どう考えても分の悪い政策を「不退転の決意」でやりぬくという野田首相の姿勢は、あえてポピュリズムの逆をいくという点では、過去の民主党首相に較べ格段の差があります。なぜなら、増税とりわけ消費税増税を避けて通ることができないのは自明だということは、与野党のみならず国民の過半以上も理解していることだからです。だからこそ「増税の前にやるべきことがあるだろう」ってことになるわけですが、あえて敵役を買って出ることで、私心のなさ、愚直さがクローズアップされれば野田首相に追い風が吹かないとも限りません。改造内閣の閣僚が問責決議をされることなく、野党側の追及がピンボケだったりすれば、「実直な野田さんを信じてみよう」という世論が惹起する可能性もあり得ると僕は思います。

 もっとも、それはそれで危険なことではあるのですが・・・。

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けったいな・・・、大阪ダブル選

 橋下大阪府知事に共感したことはないのですが、氏に対する低レベルなバッシングには頷けません。氏が主唱する大阪都構想に対して、事実に即してそれが行政の現状をより悪化、つまり府民、市民に今以上に不利益をもたらすという実証的な反論は少なくともマスコミ報道からはうかがうことができません。いっぽう「ハシズム」だの「大阪のカダフィ」などという中傷めいた言葉が、氏の人格とからめてさも真実味があるかのごとくふりまく反橋下とされる方々の「主張」はまるで洪水のよう。だいたい人格が云々などといって相手を批判するのはきわめて卑劣な手法です。この種の言説は10のうちひとつくらい事実があり、あとはすべて批判する側の主観か嘘でかためたものなのです。もっとも卑劣というものが政治に携わるものに要求される資質のひとつというのであれば、高度な政治論と言えなくもないですが・・・。

 さて、大阪都構想を完成させるには法律改正が必要になりますから、府レベル、市レベルで解決できるものではありません。むろん橋下氏もそんなこと百も承知でしょうから、今回の争点は、都構想それじたいよりも、その底流にある、二重行政の排除、行政のスリム化の是否といったものなのでしょう。が、橋下氏やそれを支える維新の会の先鋭化された主張に対して、反橋下陣営は、主張の中身より、政治手法が云々だの、はては個人の人格に問題ありだの非生産的な言辞ばかりが目立ちます。ちなみに政治手法を問題にするなら、談合政治を止揚することとセットで言うべきでしょう。

 ともあれ大阪といえば商いの町。ゼニカネの勘定にはうるさいというのが人口に膾炙しているところ。なのに、府民、市民にとって、こうすればお得、こうなると損といった議論が煮つまらないまま、橋下氏は従来からの主張を声高に叫び、反対陣営はひたすらけしからんと大合唱したまんま選挙に突入するのでしょうか。

 けったいですね。

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内閣不信任案

 どうやら今週にも菅内閣に対する不信任案が提出されるようです。最近忙しくてテレビのニュースをとんと見ていないので、情報源はもっぱら新聞とラジオ。映像を見ていないからかもしれませんが、いまひとつ緊張感が伝わってこないですね。

 ともあれ、不信任案をめぐっては、いまそんなことやってる場合じゃない、震災復興のために挙国一致で臨むべきだ、確かに菅首相はダメかもしれないけれど今回のような事態のときは総理の首をすげ替えるのではなくみんなで支えるべきだ、不信任には大義がない、などという意見の一方で、もはや菅首相でこの事態は乗り切れない、そのことは震災後の迷走ぶりからもはっきりしているではないか、事態を打開するためにも内閣には退陣してもらわなくてはならない、仮に解散総選挙になってもいいではないかとの声も聞かれます。

 おそらく国民世論もおおむねそうした二つの気分に分かれるでしょうし、どちらの立場にもそれなりの道理はあります。ただ菅首相はダメという点のみが双方の意見に共通しているあたりが、内閣の能力的限界だけは普遍的認識ということなんでしょう。

 ちなみに不信任案を出すなら、復興対策の対案を出すのが筋ではないかとか、それに代わる政権構想もないまま内閣退陣だけを求めるのは無責任ではないかといった論調も聞かれます。これも正論といえばそうなんでしょうが、不信任案は衆議院の権能であって、時の内閣を信任するかしないかを衆議院が議決する手続きです。院を構成する立場の異なる政党政派、議員が内閣を信任するかしないかの一点を判断するのですから、それ以外の条件が必要だという主張は、院の権能を自己規制せよということに行き着く危険もあることに留意しておくべきです。

 要は、不信任案に賛成なら不信任、反対なら信任という以上以下ではありません。例えば菅内閣は信任できないが不信任案には反対だという立場は存在しないのです。

 それにしても不思議なのは民主党内で造反すなわち不信任賛成の動きがあること。民主党首班の内閣である以上、菅内閣への評価はどうあれ、所属議員は政権に対して責任を持っているはずですから。もし賛成するなら離党することが先でしょうに。確かお一人いらっしゃったようですが、大方は党内で不信任案可決に奔走しておられるのですから奇妙なお話です。

 まぁ、永田町というところは摩訶不思議なところだといえばそれですんじゃう話ではあるのですが・・・。

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