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徴兵は苦役だったんだ

 先月成立した安保法制については、もはや旧聞に属するお話かもしれませんが、少なくとも「立憲主義」が踏みにじられた瞬間を目の当たりにしたというのが第一印象でした。踏みにじられ消去されるのか再び芽を出すのかは、来年の参議院選挙が安保法制廃止を争点にできるか否かにかなりのウエイトがかかっているでしょう。

 そうは、ならないような気はしますが・・・。というのも、安倍首相ってのはかつての岸信介、池田勇人両人が果たした役割を一人で完遂しようと、僕はその主張に一片の共感もしないけれど、本人はかなり努力と研鑽を続け、それなりの未来像を提示すべく葛藤していることは嘘ではないと思うからです。一方、野党とりわけ民主党の政治家にはそうした姿勢がまるで見られないですもん・・・。

 ちなみに、論理がない云々以前にほとんど開き直ったかのごとき国会での首相答弁のなかで、違和感を覚えたのが徴兵制は苦役ゆえに憲法違反だという答弁。まぁその通りなんですが、いわゆる戦争法案を提案しながら徴兵は否定することの意味合いが審議ではほとんど深まらなかったですね。

 戦争への道を開く法案だからその先には徴兵制が待っているというステレオタイプの質問に、素直にステレオタイプの答弁で返したといえばそれまでなのですが。

 一部に「経済徴兵制」なる指摘もありましたが、報道でクローズアップされることはありませんでした。

 要は、安保法制によって戦争への道が開かれるという危険は確かにそうですが、それ以上に、戦争をさせる人、戦争をさせられる人、差配する人される人に分化させることこそにもっと光をあてるべきだったのではないでしょうか。

 逆に言えば本当に万が一の時はよその国まで出向いて戦争する覚悟を国家の意思として持つならば、そしてそれが国防の一環だというならば、かかる責務は苦役などではなく、国民の最も崇高な任務だというべきでしょう。そしてそれはすべての国民が担うべきものであるはずです。例えば男女の別なく18歳から25歳の間に最低2年間は兵役の義務を負うこととし、身体上の理由で任に堪えられないこと以外で不当にその任務を逃れたものは終身公民権を停止するくらいの制度があってしかるべきです。将来キャリア官僚になるものであろうが、的屋のにいちゃんであろうが、誰もが公平にその任を負うのは、国民の生命財産を守り抜くというのは国民すべてが担うべき普遍的な責務とするならむしろ当然です。

 が、現政権にそんな覚悟はないというより、そもそも国民を守るというより為政者とそれに連なる者たちの権能と利益を守ることが第一義だから、自身にも犠牲が伴う徴兵などもってのほかということなのでしょう。

 ともあれ格差の拡大と固定という視点からも安保法制をもっと論じて欲しかったですね。

 

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