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「昭和天皇伝」を読む

 帯に「「生きた昭和史」を伝える決定版伝記」とありますが、看板に偽りはありません。一次史料(発言も含む)に即して、実証的に昭和天皇の生涯と心情を描いたという点で、出色だといって差し支えないでしょう。

 ちなみに昭和天皇のいわゆる戦争責任を問う場合の基本となる論旨は、対米英開戦を最終判断し、ポツダム宣言受諾を最終判断したのは明らかに天皇であり、また天皇が決してお飾りではなく主体的に政治判断を下し、それを実行するだけの実力を持っていたことは、2・26事件が天皇の強い意思によっていち早く鎮圧されたことでも明らかだ、すなわち国家の重大事に際して、天皇はその判断権者として役割を果たしたのだから、当然戦争責任から免れることはできない、というのが大雑把なところでした。

 が、筆者は丹念に事実関係を追いながら、こうした単純な論旨をひとつひとつ乗り越えていきます。まず、天皇に判断を求められるのは内閣の意見が不一致の場合であり、通常は内閣の判断を追認するだけで、内閣が一致している場合天皇は異論を挟まないというのが、明治天皇の時代に確立したという点です。これに沿えば、開戦時は時の東条内閣は開戦するという意思統一をしたのだから天皇はそれを追認した、終戦時の鈴木内閣ではポツダム宣言を受諾するか否かで閣内不統一が生じたので、いわゆる「ご聖断」を仰ぐほかなかったということになります。また2・26事件の場合は、確かに天皇はいち早く鎮圧すべしと強く主張したにもかかわらず、陸軍の動きは鈍く、少なくとも天皇の望む鎮圧ではなく、反乱部隊の帰順、降伏という形で決着し、天皇の意思が介在するどころか、少なくとも陸軍はその意思に従わなかったということを時系列的に明らかにしています。

 もっとも、こうした政治史のなかでの天皇のありようよりも、「昭和天皇伝」が決定版というにふさわしいのは、天皇個人の人間的成長の過程を、本人や周囲の発言、行動を追いながら捉えていることにあります。20代で即位した天皇の、時には失敗も経験しながら、自身の思い描く君主像に自らを近づけるための葛藤、試行錯誤を活写したことこそ本書がもっとも成功している点でしょう。

 しかし、伝記にありがちな弱点(筆者の思い入れが筆を滑らせてしまうこと)も指摘せざるを得ません。天皇が結果として戦争への道を止めることができなかった道義的責任を天皇本人が強く認識していたことを強調し過ぎるあまり、退位問題への天皇の態度との乖離が浮き彫りになっているからです。

 天皇は、退位したほうが自分は楽になるだろうが、弟たち、秩父宮は病気、高松宮は開戦論者だったから摂政には不向き、三笠宮は若くて経験不足と、の趣旨の発言をしています。ここでは高松宮へのコメントで摂政と言っていますから、自身が退位した場合、皇太子(現天皇)が即位した場合誰を摂政に据えるかという流れの話でしょう。しかし、このとき三笠宮は30歳、天皇が大正天皇の摂政となったのは二十歳そこそこのときですから、自身は退位するつもりはないという主体的な意思表示ともとらえられなくもありません。「私は、陛下ご自身は退位しようとお考えになったことはずっとなかったのではないかと思っています」という侍従の回想もあり、退位というもっともわかりやすい道義的責任の示し方を採らなかったことと「強い道義的責任感」の並存には違和感を覚えざるを得ないのです。

 むろん、天皇は道義的責任を感じていたでしょうし、そのことは発言や行動にも現れています。が、そのことを必要以上に強調してしまったことで、筆者の意図に反して胡散臭さを印象づけているのが残念なのです。

 さらに、あとがきには「昭和天皇は戦争への道を止められなかったが、道義的責任を背負いながら、荒廃した日本が敗戦の痛手から立ち直るよう尽力した。天皇は内奏などを通し、抑制した形で、国民の大方の意向を誠実に代弁して政治家たちに伝えてきた。それは日本の政治を健全な方向に導いていった」と述べられています。本文ではないといえばそうですが、この記述はあまりにも情緒的です。本文では細密な実証をなされているだけに、なんでわざわざこんな一文を挿入したのか、理解に苦しむというより不思議な感がします。

 描かれた人物の躍動する生が伝わってくるところに伝記のおもしろさがあることは確かですし、筆者の感情移入が強ければ強いほど読み手は引き寄せられていくのだろうとも思いますが、事実の解釈がオーバーになるきらいがあることには注意すべきでしょう。

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