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農業の現実を踏まえた政策論議を

 「平成の開国」などと大げさなことをいうものだから、さまざまなリアクションも当然でてくるのでしょうが、菅首相がいくら総理に居座っても、もはやTPPなんぞ遠くになりにけり、という感があります。もっとも首相は自身の発言なんぞとうに忘れているかもしれませんが。

 ちなみに前原前外相に代表されるような粗雑な議論がTPP推進論に散見されることもあり、反TPPの旗色がいいみたいです。もっとも最近出た(日経が広告掲載を拒否したことでも話題になった)『「TPP開国論」のウソ』(飛鳥新社)を読み進めていくと、皮肉なことながら、「TPPなんてたいしたことないじゃん」って気分にさせられるのですが・・・。反対論に立つ識者は、自由貿易のありよう自体の問題から論じられます。むろんこの点は「そもそも」の問題をあぶり出すことで社会変革を促す視点としてきわめて重要です。

 が、一言で言えば、あまりにもアメリカを買いかぶり過ぎもしくは恐れ過ぎなんですね。上記の本を読めば読むほど、TPPなんぞ「開国」でもなんでもないし、かといって、国を滅ぼすようなものだなどと恐れることもないということが、実のところ立証されているように思えてならないのです。ただし、グローバリズムそれ自体を否定するならば、TPP云々のまえに、国策として反グローバリズムを実践する方向を見出さない限り、この種の課題を避けて通ることはできないのも現実でしょう。

 さて、少し前になりますが先の本の著者の一人でもある中野剛志氏が、「TPPで何がどうなる?」(世界4月号)と題して、わかりやすい論点整理をなさっておられます。

 農業に限って若干コメントを試みたいのですが、例えば、「TPPによる貿易自由化により、安価な農産物が流入すれば、農家のみならず食品関連産業全体で値下げ競争が激化し、デフレが悪化します。農業や食品関連産業で失業者が増えれば、労働力が過剰になり、国全体の労働者の実質賃金が下がってしまいます」などと断じられてしまうと当事者としては首を傾げてしまうのです。ここで問題にしたいのは、「農家のみならず」とあっさり書いておられますが、ここでいう農家とは誰を指しているのかということ。まさか戸別所得補償の対象となっている「販売農家」すべてを指しているわけではないでしょう。

 ならば、失業の危機に瀕するのは専業農家のはずです。しかしTPPはチャンスだと考えている専業農家は少なからず存在するのではないでしょうか。例えば米作の場合、10アール耕作して3万の手取りがあれば上出来というのが実態です。ならば1ヘクタールでも30万、むろん年収30万の快適生活などあり得ません。反対論者の中には、一部の農家が規模拡大することで零細農家が淘汰されていくのがけしからんとの論調もありますが、専業農家からすれば生計の成り立つ規模が必要なだけのこと。TPPがそれを実現する呼び水になるのではないかと期待する向きに対して「けしからん」などと言われれば、農業に生活を賭けている者は身もフタもありません。別に安定収入を得ていて離農しても痛くも痒くもない「農家」(なんで農家と呼ぶのかそれじたい不思議なことですが)の既得権益を守ることと農業で生計の立つ農家を創出することのどちらが農業の再生にとって必要なことかぐらい理解して欲しいものです。(むろん、この点はTPP云々以前に論じられるべき課題ですが)

 中野氏の見解が知りたいところですが、賛成にせよ反対にせよ、言葉の定義、この場合「農家」の中野氏なりの定義を明示していただかなくては、説得力に欠けることは否めません。

 もちろん僕も、「TPPの問題と農業の問題は、切り離して考えるべきものです」という中野氏の見解に異論はありません。が、「TPPに参加せずに農業を再生する政策を講ずればよい」と直線的に結ばれてしまうと、首肯しかねます。少なくとも中野氏は指摘されておられませんが、農業生産に必要な肥料、飼料などは大部分を輸入に頼っているのですから、仮にTPP参加によって農産品価格が下落すると主張するならば、生産費がどの程度変動するのかも合わせて論じていただかないことにはイメージが湧きません。現状で100円の農産品にかかる生産費が60円なら40円の手取りですが、もし農産品価格が90円に下がっても生産費が50円に下がれば現状維持ということになります。

 このあたりは、どうも食料自給率ばかりに目がいってしまい、その自給率を確保するために必要な資材をかなり輸入している事実を看過していることに原因がありそうです。

 ともあれ、反対論者の多くが「そもそも」論からTPPを批判する以上、そこに農業問題を絡める以上、「農家」という言葉が安易に飛び交うようなことは戒めていただきたいものです。農業政策の対象があいまいなことが、政策論議が現実と乖離する大きな要因なのですから。

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