« 保守・中道・革新? | トップページ | 連休を連休らしく過ごすと・・・。 »

農業政策の地方分権は急ぐべきか

 日本経済新聞の「大機小機」というコラムは、時宜を得たテーマについての端的かつ的確な指摘が多く僕もいつも読んでいるのですが、今朝の「農業政策の地方分権を急げ」と題した一文には首肯しかねます。

 民主党は戸別所得補償の導入を掲げているものの、農水省の来年度概算要求をみてもい農業再生のシナリオは見えないと指摘したうえで、「農業再生はそれ自体が目的であるが、農業再生を通じて地域コミュニティーを活性化することが究極の目的」であり、そのためには地域の個性や実情に合わせた施策が必要であり、そのためにまず農業政策の権限を地方に移すべきだというのです。

 その理由として二つの事例が挙げられています。一つは、「中央政府や県の施策を待つことなく個々の農家や自治体が、場合によっては先進的な農協が中心となって、特色ある農産物を作り、それを加工し、既存の流通ルートに頼らず販路を地域の内外に広げていること」です。その結果、生産農家の手取りが増え、加工、販売などに携わる人々にも恩恵が及んでいるそうです。二つ目は、農業就業者の高齢化が問題になっているが、農業が活性化している地域では、年老いた人々がかろうじて農業を支えているイメージはなく、「年金を受け取りながら生き生きと働いている65歳以上の人たちこそ働き盛りであり、地域の活性化の主役」だという指摘です。

 そして、「こうした地域をどんどん増やすのが農業再生の道」だとされるのです。

 これら指摘がまったく的外れと言うつもりはありません。が、地域での農業活性化が成功している事例をもって農業政策の地方への権限移譲の根拠となるかどうかは飛躍があると言わざるを得ません。というのは、これらは筆者が指摘する「中央省庁からの縦割りの施策」とはかかわりなく成功しているからです。

 むろん僕は、いまのままの縦割り行政がいいと言うつもりはありません。しかし、この筆者は農業の根幹に関わる問題を完全に見落としているのです。それは農地の問題です。長年にわたって農地が減少してきた理由は、政府の怠慢もあるでしょうが、それ以上に地域の実情という名のエゴがまかり通ってきたからです。農地のままなら二束三文なのに、大型ショッピングセンターを誘致すると地価はうなぎのぼりです。土地を売った農家はハッピー、地域住民も近くにショッピングセンターができれば大いに便利です。企業誘致の場合だと、地域の雇用確保なんていうおまけもついてきます。こんな調子でこれまでもさまざまな大義名分に装飾され農地転用が加速していったのに、仮に地域に完全に任せてしまったら、個別利害がますます顕在化するだけで、結果、農地がどんどん失われてしまうでしょう。むしろ画一的に農地をきちんと確保する制度、要は融通が利かない仕組みのほうがよい場合だってあるのです。だいたい農業を再生するんだといいながら耕す農地が減っていくなど笑い話にもなりません。

 また、揚げ足をとるようですが、「年金を受け取りながら生き生きと働いている」というのもひっかかります。農業の高齢化問題は、農業の収入だけでは食えないから年金で補填できる高齢者が主力にならざるを得ないことも背景にあるのです。ちなみにこの問題を解決するには、筆者が批判する「農地集約化」を進めるしかないのです。農家あたりの耕作面積を広げない限り農業専業で生計をたてることはできないからです。効率化も耕作面積が増えれば可能になります。しかし耕作放棄地を所有者から切り離し希望する農家が耕作できるようにするためには、これまた画一的にやらなければ不可能です。

 地方分権は重要な政策課題ですが、かといってそれが万能薬ではないことにも留意すべきでしょう。

|

« 保守・中道・革新? | トップページ | 連休を連休らしく過ごすと・・・。 »

政策」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/123649/46812959

この記事へのトラックバック一覧です: 農業政策の地方分権は急ぐべきか:

« 保守・中道・革新? | トップページ | 連休を連休らしく過ごすと・・・。 »