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農業のいびつさ

 「農業には市場原理でははかることのできない価値がある」という言説は、まったくもってそのとおりです。僕自身そうした言い回しを多用した経験もあります。

 が、かつての自身の無責任な物言いへの大いなる反省もこめて、この種の「正しい」言説は農業の未来構想を歪めてしまうか、農業への幻想をかきたてることに貢献することにしかならないと断じたいのです。

 さほど難しい話ではありません。もし農業という産業分野に市場原理が冷徹に貫徹されているならば、そのオルタナティブとして前記の言説は当然あるでしょうし、それを深めることの意味は大きいはずですが、そうではないということなのです。

 一例を挙げます。需要に供給が追いつかなければ当然モノの値段は上がります。一方、供給過多なら値段は下がります。しかし、不思議なことに農業の現場では供給過多なのにその変動が小幅なのです。農業機械にせよ、肥料にせよ確実に需要が減っているのに値は下がらないのです。理由を述べると細かくなるのでひとまず個別具体的な話は捨象して、要するところ市場原理を歪め、不利益を農家(農業で生計をたてているものに限る)に押し付けるシステムが機能しているということだという点を指摘しておきます。

 ともあれ、市場原理のあたりまえの世界に農業を俎上に乗せることが、その次を考えるうえで先決なのではないかと痛感する今日この頃です。

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