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「靖国」騒動

 例えば会議の席で、力を持っている人物がどう考えても理屈の通らない発言をしても、それに反論すると後が恐いので口をつぐんでしまう場面は結構ありますよね。

 KYってのも、みんなで野球観戦しているのに唐突にサッカーの話題を持ち出せばそうでしょうが、少数派の問題提起すら空気が読めないなどと言われれば身もフタもありません。

 まわりくどいかもしれませんが、映画「靖国」の上映を中止する映画館が続出する事態は、わが国トップの首相以下、上映中止に賛意を表する人などほとんどいないけれど、要は恐いという判断で上映中止を決める映画館が続出しているのです。

 映画館の前に右翼の街宣車がやってきて大音量で脅せば、確かに恐いでしょう。それに近所迷惑ですし。しかも上映すると、右翼がさらに大挙して押しかけてきて言うに事欠いて「国賊」呼ばわりされたんじゃたまったものではありません。

 こんな行為を誰も立派だとは思いません。しかしほとんどの人は「そんなことやめなさい」などとたしなめることはしないでしょう。なぜって恐いし、できることなら面倒なことに関わりあいたくないからです。

 言論の自由だの民主主義だのといっても、本来それを謳歌すべき国民が遠慮がちならば、せっかくの権利を行使していないということになってしまいます。

 もっとも、誰が聞いてもくだらない社長の発言をたしなめることのできない社員が少なくない現状では、おっかない右翼に脅されたら縮みあがる人が多数なのは無理ないのかもしれません。

 今回僕はまず、日本における民主主義の未成熟を目の当たりにさせられたような気にさせられました。

 さて、この一件は、日本芸術文化振興会という文化庁管轄の独立行政法人が助成金を出していたたため、「おかしいのではないか」と一部の国会議員が試写会を要求したことが端緒のようです。本音は「反日映画だから気に入らない」でも、建前は「映画の中身ではなく助成金を出すのが問題だ」との趣旨なのでしょう。

 僕は、助成金を貰ってもお上に遠慮せず映画制作ができるなら素晴らしいことだと思うのですが、これを機会に「助成金に厳格な基準を設けよ」などといった声が高まるのかもしれません。

 そもそも芸術はその芸術性をもって評価すべきであって、仮にそのなかに特定の政治思想が色濃く反映されていたとしても、政治とは次元を異にする世界だというのはあたりまえのことなのです。  

 皮肉な話ですが、いわゆる保守派の偏狭なナショナリズムが頭をもたげているようにも見えますが、偏狭などというのはひょっとしたら買い被りで、むしろ貧しいナショナリズムしか育っていないことを憂慮すべきなのかもしれません。 

  

 

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