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保守の多様化

 先日も話題にした映画「靖国」上映をめぐる騒動。ひと昔まえなら、保革の論客が口角泡を飛ばすところですが、映画上映に事実上の圧力となったとされる動きをする保守政治家もいれば、警鐘を鳴らす保守政治家もいるため、いわゆる革新に属する政治家が登場しなくても、あらかたの論点が出尽くしている感があります。

 かつては、保守といえば、改憲、日米同盟を柱とした外交政策、中国への強い不信と警戒感などが共通するキーワードでしたが、ここにきて保守勢力のなかで、発想の多様化が進行しているように見受けられます。

 というか、故宮沢元首相に代表される穏健なリベラル派は、もっとさかのぼれば石橋湛山、三木武夫といった人々以来脈々と流れてきたものですが、革新陣営が一定の勢力をもっていた時代は、左右から中途半端な印象を与えていました。右からは弱腰だと、左からは所詮ブルジョア民主主義に過ぎないといった風に論難されることもしばしばでした。

 しかし、革新勢力が総体として衰退するなかで、政治全体が保守化していると評価するのは簡単ですが、むしろ本来革新の側が専売特許のように訴えていたことを、保守政治家が主張することで政治のバランスが保たれていることを注視すべきではないでしょうか。少なくとも所詮彼らは保守だからと断じるのは簡単です。しかしこれまで革新陣営に属していた者はなおさらこの状況を看過すべきではないと思うのです。

 資本主義か社会主義かという二者択一の時代が終わりを告げてすでに長い年月が経っています。社会主義と対置させて資本主義の優位性を説明できなくなったため、その質をめぐって問い直す必要が生じ、結果、保守の側から多様な発想が生まれることになったのでしょう。

 一方、日本における共産主義(科学的社会主義)、社会主義(社会民主主義)が、冷戦崩壊以降社会変革の構想について深化させることができたかどうかも問われなければなりません。いま僕に答えは用意できませんが、少なくとも国民から受け入れられたかどうかという点では、保守に比べて劣勢は否めません。

 おそらくいまは、保守、革新といった枠組みとは別の政治的枠組みへの転換に向かう過渡期だと考えられます。その意味では混沌とした状況が当面続くでしょう。では新しい時代を切り開くのは誰か。それは保守でも革新でもなく、古い秩序を乗り越えようとする者のみではないでしょうか。

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