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2007年6月

宮沢元首相死去

 宮沢元首相は、僕が当選した当時、森内閣の大蔵大臣(省庁再編後は財務大臣)をなさっておられましたから、何度か質疑という形での邂逅だけでした。委員会質疑で、僕が、国債発行が野放図過ぎると指摘したのに対し、日本の国債は海外からの信頼されており心配ない、との答弁をいただいたことを記憶しています。

 もっとも、僕も積極財政を基本とした考え方をもっていますから、宮沢氏のスタンスそれ自体は理解できるものでした。ケインズ政策はもはや破綻していると声高に叫ぶ人々のほうが昨今主流のようですが、「景気回復と財政再建の二兎は同時に追えない」との発言はけだし名言ですね。政府財政の再建=国民生活の安定ではないことを、小泉、安倍両内閣が見事に実証したんですから、なおさら噛み締めたいものです。

 各紙それぞれ、評伝や経歴、親交のあった人々のコメントを掲載していますが、宮沢氏が亡くなる当日の出来事に詳しく触れたのは日経でした。それによると、その日も朝からゆっくり新聞に目を通し、昼前医師の往診をうけベッドに入り、お昼過ぎに介助の女性に「少し休ませてもらう。ゆっくり寝るわ」と話しかけたのち、眠ったまま息をひきとったとのことです。僕のみた限りでは最後の言葉に言及したのは日経だけでした。

 うらやましいほどの大往生。ご冥福をお祈りします。

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筋の通らない法人税減税

 まえにも述べましたが、この参議院選挙では税制が争点になることはなさそうです。自民党はそもそも政策で具体的に触れることを意識的に避けていますし、民主党の政策も国民的関心を呼びそうな話題は避け、「給付付き税額控除」の導入なんてのをすえています。

 過去の選挙をひもとけば、税制は鬼門であることは確かです。とりわけ与党にとって、ことここに及んで、またぞろ不利な材料を自ら提供するなんてことはしないでしょう。しかし、我々有権者は、政党レベルで議論がないことをいいことに、政府税調が着々と増税路線の布石を打っていることを注視しておく必要がありそうです。

 例えば、13日の日経で香西泰政府税調会長が取材に応じ、法人税の実効税率に関して「国際水準に合わせていくことが常識」だとして引き下げに意欲を示したという記事がでています。ご丁寧に日経は「法人税下げと間接増税 EU相次ぎ実施」と題した解説記事までつけて、御用新聞よろしく香西会長のコメントをフォローしています。

 「法人税率引き下げと間接税率引き上げはセットでやるのが国際常識」と、前提抜きで常識などと言われちゃうと、勢いに押されて「そうかいな」と納得しそうになっちゃいますが、だいたい「常識」などとたたみかけられたときには、眉に唾をつけるのが「常識」なんです。

 税だけをみると確かに、日本の法人税率は主要国のなかでも高い水準にあることは事実です。しかし、それだけでは木を見て森をみないことになってしまいます。日本の国民負担率が国際水準からみてどうかという事実を捨象するわけにはいかないからです。

 国民負担率とは、国民と企業の税負担+社会保険料負担の国民所得に対する割合のことです。そのうち社会保険料負担を国際比較すると、日本の負担はフランス、ドイツ、スウェーデンの約半分なんですね。しかもそのうち企業の負担率だけをみても、フランスの3分の1、ドイツ、スウェーデンの半分。EU諸国が法人税率を下げているといっても、それに社会保険料負担を足すと、日本よりも負担は大きいのが実態なのです。

 この事実には触れずに、国民負担のうち法人税負担だけを取り出して、高い高いと大合唱しているのが、財界、それに追随しているのが安倍内閣というわけです。

 社会保障の負担はいまのまま低くしろ、法人税も下げろ、なんてあまりにも虫がよすぎます。かかる理不尽な要求がさも「常識」であるかのように流布される現実に、私たちが不感症になっていいはずがありません。 

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悪法成立のための会期延長?

 悪法成立のためにそんなに力まないで欲しいものですが、安倍首相は、「強い意志」で公務員制度改革関連法案の今国会成立を期し、この期に及んで会期延長を言い始めました。

 法案の論点はいくつかありますが、「目玉」とされる一つがいわゆる官僚の天下り規制。が、しかし、中身は看板に偽りありどころか、まるっきり話が逆さまなんですね。要するところ、官民癒着を法律で保障しちゃうってシロモノなのです。

 これまで各省庁が勝手に天下りをあっせんしていたのはよくないので、「官民人材交流センター」ってのに一本化するというのですが、いったいそれでなんで天下りが規制されるのか、まして官民癒着がなくなるのか、さっぱりわかりません。要は、天下り斡旋を一本化するだけのことですもんね。そうすれば官民癒着がなくなるどころかむしろ円滑な癒着が実現することでしょう。だいたい天下りを規制するというのはまさにそれを規制することが必要なわけで、天下りのシステムを変えるだけの法律がなんで規制になるのかなんて、ちょっと考えればわかることです。

 官僚にとっても、企業や政府関係法人にとっても使い勝手のいい制度をこともあろうに天下り規制の名目でこしらえるなど、国家百年の大計を歪めるものにほかなりません。

 この法案を押し通すことが内閣の起死回生と思っているのなら、ずいぶんとおめでたい話ですが、会期延長が現実味を帯びているいま、野党は廃案にむけて結束すべきところですし、場合によっては衆参ダブルも辞さずという強い姿勢で対峙すべきです。

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ベロニカは死ぬことにした

 深夜、たまたまぼんやりと観ていただけなので、細かなストーリーをちゃんと把握しているわけでもないのですが、「ベロニカは死ぬことにした」って、なんか昔のアメリカンニューシネマっぽい雰囲気がありました。

 例えば、僕が好きなデ・ニーロの「タクシードライバー」とはぜんぜん趣は違いましたが、妙な虚無感と生の躍動がこれまた奇妙にマッチしていました、などと書くともっともらしい評論めいてきますが、実は観ていてひとつひとつのシーンの意味はイマイチ理解できていないのです。要は、自殺未遂の女が変な病院に入れられて、変な人たちとの邂逅のなかで、変に元気っぽくなるというか、これじゃあ観ていない人への説明になっていませんね。

 ただ寝ぼけ眼が吸い寄せられたのは、妖艶って言葉がぴったりの主人公。演じているのは真木よう子なんですが、色香ってのはああいうのを指すんだろうとなと、感心した次第。体に衰えを感じ始めた中年男ですらドキドキさせられましたもんね。

 真木よう子ってのは、例の「パッチギ!」にも看護婦の役で出ていて、敵役に応援団に思いっきりケリを入れてたのも印象的でした。彼女は無名塾にいたこともあるらしいのですが、よりによって御大仲代達矢とケンカしてやめちゃったそうです。タダのわがまま娘に終わっちゃうか大女優になるか、この先目が離せません。

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亀井静香氏の変なコメント

 自民党の参議院議員を務める舛添要一氏は、参院選の比例区で自民党は11~12程度の大敗を喫するかもしれないと述べています。僕もいまのまんまではおそらく自民党は地滑り的に敗北すると予想しています。投票率が上がれば、公明党も比例区で6議席にとどまることもありえるでしょう。

 という状況なら、野党は万々歳のはずなんですが、国民新党の亀井静香氏は、自民党が負けすぎると選挙後の政局でキャスティングボードを握れなくなり、党の存在感を示せないから「逆に我々は震えている」とおっしゃってます。なんというか、このあたりが、固有の政策を持たない、政局の都合でできた政党の「面目躍如」ってところなんでしょうね。確かに「郵政民営化反対」という一応一致する点はあるわけですが、かといってあるべき郵政の姿を示したわけではなくて、とにかく「けしからんから反対」以上ではなかったですし。

 自民党が負けそうなので「震える」ってのも、かつて古巣で派閥を率いた親分にしては、スケールがあまりにも小さく貧すれば鈍するってのを絵に描いたようなお話です。野党の風上にも置けないなんてまっとうに批判するのもお気の毒なぐらいです。

 もっとも、いまのまんまでは、民主党が圧勝しそうですが、「消えた年金記録」問題が、歴代内閣の責任、つまりいま現存する政党のなかでは共産党を除けばみんな責任があるって式の宣伝で、自民党が泥仕合に持ち込めば、それで自民党が勝つわけではないにせよ民主党の対応次第では、有権者は引いてしまい投票率が下がった分、自民党の歩留まりが増え公明党だけが好調という結果もないとはいえません。そうなれば、亀井氏の「震え」も杞憂に終わりまことにもってご同慶の至りというわけですが。

 ただ悲しいのは、結果次第では政権交代もあり得る情勢の下でこの程度のコメントしか出てこないことです。せめて5ヶ条でも、17ヶ条でもいいから政権構想なんかを示して、選挙が終わった暁には正々堂々各党に呼びかけるってぶち上げたほうが、よっぽど存在感が出せたのになと、他所事ながら思ったのでありました。

 もっとも他党の心配をしている場合ではありません。情勢がどうあれ自党が積み上げてきた政策を選挙で正々堂々訴えるのみです。そのためにどれだけ効果的な選挙を展開するかに思考のすべてを集中させるだけです。厳しいときほどブレないことが肝要だと自身に言い聞かせる今日この頃です。 

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税制論議の「封印」

 末期症状の安倍内閣が、この期に及んで税制を持ち出すなんことはしないでしょうが、一方でそれは重要な政策課題の先送りにほかなりません。

 日経の「けいざい解読」は「増税論議「封印」の先は・・・」と題して、「不人気政策を選挙前に封印するのは珍しくない」が、「日本でも重要政策を逃げずに争う機運は生まれないだろうか」と述べています。もっともこの解説は、政府・与党内の議論は簡潔にまとめていますが、では所得税、法人課税、消費税などをどうするのかは課題を呈示するにとどまっており、じゃあどうするのか、という問題提起には至っていません。

 予想以上に増収となったことも、税制論議が盛り上がらない理由ではあるのですが、そもそも経済成長が永遠と続くことはありえないわけですから、税収が増えたとしても、好景気が続いている間に、増税をやっておくべきは当然のことです。

 その場合、好景気の恩恵をもっとも受けているものに対して、負担を求めるのが常道です。税の基本は応能負担ですから。まず、景気対策の名目で実施されている特例措置を廃止することです。ついで金融・証券税制の抜本的な見直し(株売却益や利子などについて累進課税を導入するなど)に手をつけるべきです。

 社会保障についてはその水準、規模について論議を煮詰めていけば当然将来にわたってどの程度の財源が必要かについてもはっきりしてきます。社会保障となるとすぐに消費税とのからみで論じられやすいのですが、そもそも社会保障財源=消費税でなければならない理由はどこにもないのです。この問題は、単に税制の問題に矮小化すべきではなく、政府が国民に果たすべき責任、すなわち福祉の水準がどうあるべきかという、それこそ「国のかたち」の本質にかかわるものとして認識すべきでしょう。僕は、それが合意されないまま安易なそろばん勘定で増税、減税が論じられることを危惧するのです。

 ちなみに財政削減か、税制改革かと二分法で語られることがままあります。それじたいは問題ではありませんが、しかし歳出をどう削減するかは、あくまで政府が国民に果たすべき責任との関連で論じられるべきものだということも付け加えておきます。やりかたによっては歳出削減=善とは限らないことにも注意を払うべきでしょう。

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年金問題

 財源の議論になると与野党ともにあいまいな言い方しかできないテーマは、ふつうなら選挙の争点にはなりにくいのですが、今回は、「消えた年金記録」問題それじたいもさることながら、その対応では迷走を続け、まるで浮遊霊のような安倍内閣の姿を目の当たりにして国民がどんどん引いているって感じですね。

 そりゃあ、カネには汚く仕事はしないでは、誰だって相手にしません。むしろこの期に及んでもなお30%の支持率があることは驚異です。

 改憲と愛国心教育で「美しい国」をつくるはずが、自業自得というべきか。なんとか環境政策を全面に出して争点をそらそうと躍起になってたのに、現職閣僚は自殺するわ、年金問題でつまづくわで、もはや積極的に争点をつくりだすようなパワーは完全に失われてしまいました。

 ただ、僕が心配するのは、安倍内閣がスキャンダルで崩壊するのは目に見えているのはいいとしても、選挙で硬質の政策論争がなされなくなる可能性が高いことです。もちろんそれも安倍内閣の責任ですが、例えば、年金問題一つとってみても、少子高齢社会の進行で、現行制度ではいずれたちゆかなくなることは与野党の共通認識なのに、少なくとも抜本的改革がなければ、給付を減らし負担を増やすしかないという結論になるのに、「消えた年金記録」問題が、本当に議論しなければならないことを結果的に隠蔽してしまうことは、国民にとって今回の問題以上に不幸なことだと思います。

 選挙ですから、与野党逆転を自己目的化することについてはなから否定するわけではありませんが、その先まで説得力をもつ主張がなければ、政権交代はひと夏の幻となってしまうでしょう。

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銃口はどこを向いてるんでしょ

 久間防衛大臣によれば、「イラクに行った自衛隊員の家族のために情報保全隊が情報収集に回っていた」そうなんです。

 確か、陸上自衛隊にある情報保全隊ってのは、情報流出を防止するためにこしらえたもので、情報収集をするってのがそもそもとってもヘンなんですけどね。それが、イラクへの自衛隊派遣に反対する市民運動を丹念に調べていたことが判明。なんでそれが自衛隊員の家族のためになるのかさっぱりわからないのですが、記者会見に臨んだ守屋防衛事務次官によると、「隊員が動揺しないよう、家族に不安が生じないようにという観点から世の中の批判的な動きを収集した」そうで、これまたまったく意味不明なご説明。

 「世の中の批判的な動きを収集」すると、イラクに行った隊員がなぜ安心するのか、待つ身の家族の不安がなぜ解消されるのか、サッパリわからん説明をする防衛省の面々は、顔に銃弾が飛んできても跳ね返すだけの鉄面皮なんだということだけは十分理解できます。その分防具の節約ができますから、ささやかな防衛費圧縮もできますね。

 久間防衛相によれば、収集した情報をまとめた文書は「三週間ほどで破棄する」んだそうですが、素直に聞いていると、隊員や家族の不安解消の観点からは、その効果のほどが偲ばれます。

 はっきり言っちゃえばいいのにって思いますね。「わが国には、国家転覆をたくらむ反政府分子がたくさんいるんで、国家の安寧秩序を保つためにささやかながら情報を収集している。何が悪い」って。

 今回はっきりしたのは、自衛隊が国民を守るために仕事をしているわけじゃないってことです。まあ、ずいぶん前からわかっていることですから、いまさら驚くには値しませんが。

 ときの権力を護持するために、国民の払った血税が、国民を監視するために使われるなんてこと、許されるわけがありません。この点は、自衛隊をどう評価するか、イラク派兵に賛成か、反対かなどという判断を抜きにして、それ以前の問題として糾弾しなければならない性格の問題です。

 だいたい内部情報の漏洩を防ぐために「隊」などこしらえることじたいマヌケな話ですが、それは隠れ蓑だったということです。ときあたかも改憲への動きが加速し、現状では自衛隊が名実共に軍隊となる可能性は高いわけです。軍隊が国民を監視するというのは軍政の常套手段だということも覚えておく必要がありそうです。

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プロ野球交流戦

 プロ野球交流戦は、パリーグにとってはおいしく、セリーグの集客力の弱い球団(ヤクルト、横浜、広島)が割を食う形になっているみたいです。客の入る阪神戦、巨人戦が減ったぶん楽天やらオリックスやらと対戦するわけですから、少なくともお客さんが飛躍的に増えるってのはいまのところ難しいでしょう。

 しかし、この機会に球団も経営努力をすべきですよね。セリーグの球団の多くは、昔から、巨人戦、加えてここ十年ほどは阪神人気におんぶしていたわけですから。

 東京に本拠を構えるヤクルトはなかなか難しいでしょうけれど、本拠地を定めて50年をこえる広島や、30年近い横浜などはそれなりにやり方があると思うのです。ダイエー=ソフトバンクが九州で確固たる支持を得ているように、日本ハムが北海道に定着しつつあるように、観客の少なさでは群を抜いていたロッテも十数年かかって千葉の市民球団として定着しつつあるように。おそらく楽天だって、いずれはそうなるでしょう。

 パリーグが不人気だったのには、かつて関西に3球団、関東に3球団と、チームが偏在していた物理的な理由もあります。しかし、それが解消されつつあるいま、むしろドル箱の試合がないため自力自闘しているパリーグの各球団が経営面で先行している感があるのは否めません。一方、神宮や横浜スタジアムでは土日以外だと、巨人戦、阪神戦ですら満員にならない状況です。

 セリーグのスタイルってのはどうやら経団連的発想なんですね。要は、大企業が儲かれば下々にもいずれは染み渡るんだって半ば本気で考えているあたりが。もちろんそれは政府与党の発想でもあるのですが、そんな調子ですからセリーグの場合、阪神、巨人、そして中日と、他の3球団の集客力での格差は確実に開いていくのです。一方、パリーグの場合、格差の幅は集客力でみた場合、セリーグほどではありませんし球団が地域にちらばったことでむしろリーグ全体でセをしのぐ可能性もあります。

 交流戦ってのはそのへんの発想の転換を促す好機だと思うのです。などと、理屈っぽいことを考えながら観戦しているわけではありませんが。

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参議院のあるべき姿

 唐突ながら、衆議院議員を経験した者が、参議院のあり方について云々するのは不遜かもしれませんが、いわゆる「良識の府」としていかに参議院があるべきかってことをあえて述べさせていただきたいのです。

 僕は、行政改革よりも、国会改革こそ先だと考えています。理由は簡単です。行政のあり方を抜本的に見直す力量を持つ立法府がなければ、行革など官僚のお手盛りになることは火を見るより明らかだからです。本題からはそれますが、そのためには、まず国会議員のサポートをする専門スタッフを充実させることです。何万人もの役人を相手に政策秘書一人なんてそもそも無理な話だからです。かといって公設秘書の数を増やしてもたかがしれています。それよりも衆参に設置されている法制局と調査室を霞ヶ関と完全に切り離すとともに、国会議員の立法活動をサポートする専門スタッフ集団として人員と機能の充実を図るのがもっとも適切だと考えるのです。この点はまた別の機会に詳しく述べたいとは思いますが・・・。

 話がそれてしまいました。さて、参議院のあり方の話ですが、現状の問題は、つきつめれれば、衆議院で先に審議された法案を参議院で審議しても、それが同質の内容であることにつきます。同質というのはもちろんどちらかが水準が高くどちらかが低いということではありません。僕が言いたいのは、両院とも政党政治の枠組のなかにあるという意味で同質だということです。

 すなわち政党政治の論理での審議が二度行われるところに僕は参議院のあり方を根本的に見直すべき理由があると思うのです。

 衆議院が政党政治ならば、参議院はまったく違う論理を対置させることこそ本来の「良識の府」としてのあるべき姿ではないでしょうか。衆議院は政党政治の枠組みで与野党が対決し、参議院は政党政治そのものに対峙するという構図をつくることで、政治そのものの緊張感を高め、その多元化を図るのです。

 この主張はべつに突飛なものではありません。戦後貴族院が廃止され参議院ができたときは、その理想を体現しようというムードがなかったわけではないからです。緑風会という会派が存在しえたのも、衆議院とは違うんだという参議院の矜持があったからにほかなりません。また、政党政治の枠組みという限界はありますが、参議院の自民党も、1970年代初頭までは、既成派閥に系列化されず参議院独自の秩序を保っていました。(もっともそれが家父長制化しその反発から当時の自民党田中派と社会党が共闘して当時の参議院のドンを引きずりおろすのですが・・・)

 いずれにせよ、参議院改革は既成政党に系列化された現状では困難です。自身で自身の身を削るなど誰しもいやがるからです。しかし、漸進的にでも改革をするためには、参議院の選挙制度を再検討することが必携です。衆議院に先んじて比例代表制を導入したこと自体が参議院の独自性の担保という点では愚行であったと僕は考えますから、まず参議院選挙の比例代表選挙は廃止すべきです。特定の組織をバックにする候補者か著名人しかまともに選挙ができない全国一選挙区(現行の比例区)も併せて廃止すべきでしょう。そして例えば、定数を200とし、全国をいくつかのブロックに分け(現行衆議院の11ブロックでもかまいませんが)大選挙区制のもとで、3年ごとに半数を改選するというのはどうでしょうか。さらに、無所属や現行では政党要件を満たさない政治団体と要件を満たす政党との間に選挙運動における不平等を撤廃することも重要でしょう。

 いずれにせよ、代議制民主主義の多元化、豊富化について、そろそろ真剣に検討する時期ではないかと僕は考えるのです。 

 

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空中庭園展望台

 「庭園」だというもんですから、枯山水なんぞがしつらえられていると思ったのですが、要は屋上なんですね。といっちゃうと身もフタもないのですが、通天閣に登れば眼下に大阪が一望できるなんてのはわんすあぽなたいむとあいなった、いまや高層ビルが林立する大阪で、ひときわ目立つ梅田スカイビルの「空中庭園展望台」にて360度の夜景を楽しんだのです。

 地上170メートルといいますから、高層ビルとしてはそんなに高いほうではないのですが(確か東京都庁は200メートルをゆうに超えていたはずですし)、ネーミングがいいんですね。空中庭園なんていわれちゃうと、なんかラピュタの世界に引きこまれて空中を実感したような気分になっちゃいますから。あっと、ラピュタは天空だったけど・・・。

 カップルも多くて、ベンチを占領しておりました。ムードを盛り上げるにはなかなかなもんなんですが、夜景を楽しんだあと、軽く呑んで、そのあと・・・・、というには、梅田の中心街までのアクセスが悪いんで、てくてく歩いているあいだに現実に引き戻されて醒めてしまうかもしれませんね。 まあなにはともあれ、さしておもしろくもない現実の星屑でさえ、高いところから見下ろすとなんとなく感動しちゃうってのは、人間は意外と単純にできているからなんでしょうね。

 ちなみにわたくしめは、十数分後、空中からさしておもしろくもない現実の星屑に戻り、焼肉をついばんでおりましたとさ。

 小市民のささやかな休日でありました。

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