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国民投票法批判のあり方

 ゴールデンウィークは、テレビも新聞も何らかの形で憲法問題の特集を組んでいます。先日のNHKスペシャルなどは、とりわけ憲法起案の事務方ベースの過程が克明に再現されている点できわめて秀逸でした。

 さて、連休明けには決着をみそうな国民投票法ですが、この期に及んでいまさらというリアクションが返ってきそうですが、反対する側の論理が混乱しているのではないかということをそれこそ今更ながらですが指摘しておきたいのです。

 ちなみに国民投票法と改憲の是非については、次のようにたくさんの考え方が存在し得ます。

  現在審議されている国民投票法案(以下法案)に賛成、改憲にも賛成。

  法案には反対だが、 改憲は賛成。(ちなみにこの場合、法案があまりに国民を縛りすぎだから反対という立場と、規制がゆるいから反対という立場がありえます。)

  法案には賛成だが、改憲には反対。

  法案にも、改憲にも反対。(この場合、法案についてはその内容には賛同できないが法案そのものの必要性は認める立場と、そもそも法案自体が必要ないという立場に分かれます。)

  以上、機械的に考えると、6つの立場が存在することになります。

  ここでは、「法案にも改憲にも反対の立場」について述べておきたいのです。

  要は、国民投票法の中身がよければいいのかという問題です。例えば、憲法で定められている国民投票の過半数を、有権者全体の過半数ならいいのか、有効得票の過半数ならいいのか、とか、最低得票率の定めがないことの是非についてなど、「中身」が良くなれば賛成するのかどうかです。

 少なくとも、僕は、現状において国民投票法は必要ないと考えていますから、中身の問題はそもそも次元が違います。なぜって、中身が問題だから反対しているわけではないからです。まえにも述べましたが、憲法が制定されて60余年、改憲しなければならない必然性があれば速やかに手続法を定める必要がありますが、そんな理由が見当たらないのに、手続法がいるわけありません。

 この点について、憲法上定められているのに、その手続法がないのは立法不作為だという意見は説得力がありますが、僕は、手続法=国民投票法の立法動機に合理性があるかのどちらを優先するかという問題だと考えます。というのは、当座必要のない法律ならば他の重要案件に優先させて制定する必要などないからです。 立法不作為状態によって具体的に不利益を受けている国民が存在するならば話は別ですが、まさか安倍首相も国民投票法がないから精神的苦痛を受けてきたなどとはおっしゃらないでしょう。

 いずれにせよ、改憲に反対でかつ国民投票法にも反対ならば、その法案の中身以前の立法動機においてその根拠がないとの批判こそ基本なのです。

 ですから、法案の中身について仔細に立ち入って論ずること自体、すでに改憲派の術中にはまっているとも言えます。ただし、僕は、だからといって中身の議論を軽視するわけではありません。政治判断として、国民投票法が成立する可能性が極めて高いことはいうまでもないことですから、その後を見越して、法案をせめてよりましに修正すること、法の運用に縛りをかけるために有効な国会答弁を残しておくことはそれとして意味のあることだからです。

 ただ、法案の内容がだめだから法案に反対だ、ではなく、必要がないから成立に反対なのだという点を鮮明にしておきたいのです。 

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