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柳沢大臣の発言

 「女性は子どもを産む機械」発言で袋叩きにあっても、学習効果がないのか懲りないのか、今度は「子どもが2人以上いたら健全」なんだそうです。

 柳沢厚生労働大臣の発言をめぐる批判はすでに出尽くしているような感がありますが、僕なりにおさらいしておきます。

 一連の発言は端的に言えば「差別発言」です。人を機械に見立てたことと女性の役割を子どもを産むことに限定したという二つの要素からみて、女性の人権を明らかに侵害したものだからです。差別発言はそれを発した者が主観として差別意識を持っていたか否かではなく、その発言の差別性が問題にされることはいうまでもありません。ですから、柳沢さんが「悪気はなかった」式に謝っても、なんの意味もないのです。まずこのことが第一。

 しかし、差別を糾すというのは、差別した側の人間を貶めたり、その地位を脅かすための道具では決してありません。むしろ自身の姿勢を見つめ直していただき、今後前向きに人権問題と向き合う契機にしていただいてこそ意味があるのです。その点から言えば、柳沢さんが問題発言をしたことイコール大臣罷免ということにはなりません。仮に柳沢さんが自ら大臣の職を辞したとしても実のところ何ひとつ問題は解決されません。これが第二。

 今回の場合も、もちろん発言そのものも批判の対象になりますし、政治家個人として柳沢さんが指弾されるべきは当然です。ですから批判を受けて以降の柳沢さんの態度が問われるのです。例えば、「総理のご厚意にむくいるため」にその職を全うしたいなどという発言は、自身が何ゆえ指弾されているかを理解していないか、批判それ自体を黙殺するに等しいものです。もし、その反省の上に立って職務を続けたいというのなら、少子化対策のこれまでの施策を洗い出し総括し、せめて新規施策の一つでも提案したいとでもおっしゃるべきでしょう。といったこともないまま、ただ大臣職に居座り続けるのは厚生労働大臣の器にあらずというべきです。むしろ再開された予算審議でこそ野党は強く罷免もしくは辞職を要求すべきなのです。これが第三です。

 そして四つ目。今回の最大の問題は、柳沢さんの発言を「問題だ」と言いつつ、安倍首相がかばい続けている点です。安倍首相には「発言は問題だが、平身低頭すればなんとかなる」という貧相な発想があるのでしょうけれど、かばった瞬間、柳沢さんの認識を内閣として共有することになるってことになぜ気づかないのでしょうか。もっとも気づいているのにあの調子なら、安倍内閣の人権感覚がますます問われますが。

 要するところ、「機械」であるかないかを言葉で表現することが言い悪いの問題ではなく、安倍内閣は少なくとも少子化対策において、もっというならその政治姿勢すべてにおいて、人を「機械」と見立てていることを明白にしたのが今回の一件の本質なのです。

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